[古森義久]【議会制民主主義の無視求める朝日新聞】~国会周辺に集まる群衆の主張こそ全日本の意見?~
古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
朝日新聞の議会制民主主義最優先の正論はどこへ行ったのか――最近の安保法制法案への反対デモを全面支援する朝日新聞の論調をみて、いぶかざるを得ない。その理由は以下である。
「人々の民意を議会が吸い上げ、国王に頼らずに政府が対立を収束させる。この国が必要とするのは、そんな自立した議会制民主主義である」
上記は朝日新聞のかつての社説である。国民の意思は議会、つまり国会が吸い上げる。国民の対立は政府が収束させる。議会制民主主義があくまで必要である。
――こんな主旨の主張だといえよう。
朝日新聞が2010年5月20日朝刊に掲載した社説だった。この社説で「この国」というのはタイのことである。タイでは議会で多数を制したアピシット政権側にタクシン元首相派が反発し、首都バンコクの一部を数千人の群衆が占拠して気勢をあげた。議会での多数派の意思を無視しての実力行使だった。この状況に対して、わが朝日新聞は「国民の意思は国会が」と議会主体の議会制民主主義の最優先を主張したのだ。きわめて適切な主張だった。
だがいまの朝日新聞の主張は正反対である。国会での審議や採決よりも街頭デモでの「民意」を優先させよ、と説くのである。9月16日朝刊の「国会は国民の声を聴け」という社説がその一例だった。安保法制関連法案への判断では国会議員よりも街頭デモの代表たちの意見が重要だというのである。
同社説は同法案に反対する学生団体代表の「憲法とは国民の権利。それを無視することは国民を無視するのと同義」という短絡な言葉を金科玉条のように紹介し、その主張に国会も政府も従うことを促していた。だがこの種のデモの代表に「国民の意思」を代弁するどのような資格があるのか。全国をあげて実行する国政選挙の結果は、この種のデモ代表の言葉の前に無視されねばならないのか。
タイには議会制民主主義の重視を求める。日本には議会制民主主義の無視を求める。朝日新聞の社説による主張を簡単にまとめれば、こんなふうになる。国民の意思を最も客観的に、体系的にすくいあげる選挙は民主主義の基盤である。各種の選挙によって「民意」をつかみ、立法府に反映させることが議会制民主主義の大前提のはずだ。それが唐突に、国会の意思はもう意味がなく、国会周辺などの集まる群衆の主張こそが全日本の意見であり、最優先されるべきだというのでは、なにがなんでも無理である。
朝日新聞はなぜタイに求めた議会制民主主義の効用をいまの日本では無視するのだろうか。自社の社説でのこの矛盾や二重基準をどう説明するのだろうか。