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.社会  投稿日:2015/11/24

海上自衛隊、空母を持つ野望~マンガ「空母いぶき」のリアリティ その1~


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

執筆記事プロフィールWebsiteTwitter

かわぐちかいじ氏が小学館のビックコミックで「空母いぶき」を連載中で、コミックスの1~2巻が販売になっている。ストーリーは自衛隊が近い将来軽空母を導入。海自がフネを、空自が搭載機であるF-35Bの運用を担当し、艦長は空自のファイターパイロット上がりだ。これが尖閣諸島を発端とする日中戦争で活躍するというものだ。なお本稿はこれまで発売された2巻までのコミックスを念頭に執筆している。

作品中の「いぶき」は海自の最新のDDH(Helicopter Defense Destroyer:ヘリコプター護衛艦)「いずも」級をベースに開発された軽空母で、スキージャンプ台を有している。イタリア海軍の軽空母「カヴール」は満載排水量27,100トンで、VTOL機12機に8機のヘリを搭載できる。「いずも」級は事実上のヘリ空母であり、基準排水量は19,500トンで、満載排水量は約27,000トンとみられている。「いぶき」はカヴールこれとほぼ同じクラスということになる。

「いずも」の搭載ヘリは最大14機と少ないが、これには理由がある、まず「いずも」級が艦隊の僚艦への給油機能を付加されており、その分の燃料タンクの容積が相応に大きいことが挙げられる。これは平時の訓練には便利だが、有事に被弾した際の生存性が低下する。ただでさえ多量の航空燃料を搭載している「いずも」の生存性がより下がることになる。更に「いずも」級は最高速度30ノット以上を実現するために強力なガスタービン・エンジンを搭載し、そのための燃料も多く必要であり、その分スペースを喰われている。

「カヴール」は「いずも」と同じくガスタービン・エンジンを採用しているが、最大速度は28ノットに抑えられている。これを30ノットにするには何割も燃料消費が増える。そのため近年欧州海軍では水上戦闘艦の最大速度を27~28ノット程度に抑えるケースが増えている。その分艦内容積を増やしたり、建造費や運用費を低減されている。

「いずも」級の最大速度を28ノットにすれば必要な燃料は現在の30ノットの4割程度で済む。当然その分燃料タンクも小さくて済むし、エンジン自体も小さくて済む。

実際、「いずも」も計画当時は最大速度を28ノット程度にし、更に主機にはガスタービン・エンジンに較べて格段に燃費よいディーゼルエンジンを採用するという案があった。この場合、必要とされる燃料は更に減って現在の「いずも」の僅か1割で済む。そうであれば艦内スペースは更に有効活用できただろう。

海上自衛隊は艦隊補給艦にまでガスタービンを搭載しているが、このため自艦で使用する燃料が増えてしまい、給油すべき燃料が減っている。因みに3自衛隊の中で最も燃料費を消費しているのは海上自衛隊である。「いぶき」も建造するのであれば最大速度は28ノット程度に抑えて、ディーゼルエンジン、あるいは同様に燃料消費が少ない統合電気推進にすべきだろう。

「いずも」級にはもう一つ余分なものがある。艦首のソナーだ。「いずも」級は艦首にNEC製のソナーを搭載している。これも当初は装備の予定がなったもので、後に搭載が決定した。そもそも「いずも」は艦隊旗艦で艦隊の中央に位置するので、この種のソナーは必要ない。それに多くの対潜ヘリを搭載している。これが「いずも」の最大の対潜水艦戦力だ。それに護衛艦=駆逐艦並のソナーによる探知を行うのであれば、艦首ソナーだけではなく、より効率的である曳航型のソナーも装備すべきだ。艦首ソナーだけの装備は中途半端であり、採用には何らかの「オトナの事情」があったようである。

この艦首ソナーは約100億円であり、その金額を使うならば哨戒ヘリを2機増やすことができる。「いずも」級は通常3~4機しかヘリを搭載しないので、ヘリ戦力を倍加することができたはずだ。空母「いぶき」もコミックスを読む限り、このソナーを装備しているように思える。だが、取り去っても問題はなかった。むしろ建造コスト、維持コストを下げるために撤去すべきだった。

本来「いずも」級は空母として運用ができるフネであり、それの空母としての潜在的な能力を敢えて殺しているようなところがある。あまり知られていないがそもそも「いずも」は米軍との共同作戦も視野に入れて、オスプレイやF-35Bなどを運用できることが求められていた。このため艦舷に大型のエレベーターを装備し、飛行甲板もこれらの機体の出す高いエンジン排気熱に耐えられる処置が施されている。

筆者は、海自は将来「いずも」級をベースに空母を保有しようという野望を持っているのではないかと、常々書いてきたが、「いぶき」はそれをマンガで実現させたといえる。このため空母としては極めてリアリティの高い設定となっている。

(【軽空母の能力を最大にする為には】~マンガ「空母いぶき」のリアリティ その2~に続く。本シリーズ全3回)

(写真引用:海上自衛隊)

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