[清谷信一] <海上自衛隊のシーレーン防衛の無駄>火星人やゴジラの襲来にそなえて軍備予算を毎年要求するに等しい
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
戦時に我が国のシーレーンは存在しない。我が国には日本籍の商船が殆ど無く、日本人の乗組員が少ない上に、船員組合は戦争には協力しないと明言している。しかも政府によると外国船の護衛は現状では憲法の解釈上できないことになっている。
海上自衛隊(以下海自)が主任務のひとつとしているシーレーン防衛はフィクションに過ぎないのだ。ありもしないものを守ります、といって毎年予算を要求するのは火星人やゴジラの襲来にそなえて軍備を整えますと予算を要求するのに等しい。
シーレーン防衛はフィクションなので、当然、海自はそれに沿った現実的な装備、計画も有してこなかった。海自の護衛艦=駆逐艦の多くはシーレーン防衛に不適格である。海自の護衛艦はガスタービン・エンジンを搭載し、30ノットを超える高速で航行できる大型のフネばかりである。最近になって島嶼防衛を意識した3,000トンクラスの小型が計画されている。
ガスタービン・エンジンは高速での航行を可能とするが、低速での航行は苦手で、燃料消費が多いので頻繁な燃料補給が必要となる。船団護衛には燃費に優れたディーゼル・エンジンあるいは、ガスタービン・エンジンとディーゼル・エンジンを組み合あわせた機関(CODOG(Combined Diesel Or Gas turbine)などを使用すべきだ。
あるいは近年発達してきたガスタービン・エンジンやディーゼル・エンジンを発電機として使い、電力で推進する、「統合電気推進」と呼ばれる一種のハイブリッド推進艦を使用すべきだ。
欧州の海軍ではタービンエンジンより、これら「推進」がむしろ主流であり、最高速度も30ノットを割っているフネが少なくない。実際30ノットを超える速度で水上艦が航行する機会は殆どなく、むしろ航続距離や燃費、あるいは燃料タンクに当てるスペースを他のペイロードに当てることが当然と考えられている。
ところが海自は艦隊補給艦である「ましゅう」級までもガスタービン・エンジンを採用している。これまた船団護衛随伴には向かない。これでは本来給油に回す燃料を自艦で消費することになる。このため搭載燃料が実際よりも少なくなっている。基本的に補給艦は低速で、また対潜活動も行わないのでディーゼル機関を用いるのが普通だ。
本来シーレーン防衛に必要な水上艦艇は低速で構わないし、豪華な武装も必要ないが、数を揃える必要がある。また護衛艦艇に給油を行う艦隊補給艦の数もより多く必要である。
そのような「地味」な護衛艦や補給艦を多数揃えるよりも、米空母部隊と共同してソ連海軍との「艦隊決戦」でも夢見てきたのではないだろうか。かつての帝国海軍も艦隊決戦至上主義で、「地味」な海上護衛を馬鹿にしてまともに行わなかった。この点では海自は帝国海軍のまさに直系の子孫といえよう。
また例えば湾岸産油国からタンカーを護衛するならば、少なくとも我が国近辺ではP-3C哨戒機などの活動拠点も整備する必要があるはずだが、それも憲法解釈ではできない。多くの海域を船団はエアカバーなしで航行する必要がある。
長い航路は同盟国、あるいは船団を防衛する必要のある国々と共同で護衛艦隊を組むか、あるいは護衛する区間を分担するのが現実的だが、それも現在の憲法解釈ではできない。
繰り返すがシーレーンで船団護衛をするならば低速でも航続距離が長く、必要最低限の武装を備えた諸外国でいうフリゲイトやコルベットといった小型戦闘艦を数多く揃えるべきだった。
だが海自が揃えて来た護衛艦は大型ばかりだ。これらは米空母部隊と共同作戦をするには有用だ。多くの海自の幹部はそれを当然のように認識しているように思える。過去対潜作戦などの「盾」の役割を海自が担当し、米海軍が攻撃「鉾」の役割を担うとされてきた。だが、憲法の集団安全保障は米海軍との共同作戦は不可能なはずであるはずだ。
つまりシーレーン防衛も、米海軍との共同作戦もイリュージョンでしかない。海上自衛隊は「空想」を拠り所として軍備を整えてきた。これで合理的な戦力の整備ができるのは不安になるは筆者だけではあるまい。
悪いのは海自ばかりではない。これは政治の責任が大きい。長年与党だった自民党が現実的な戦時のシーレーンを想定して有事に「日の丸商船隊」を組織できるような体制を作ってこなかったことが最大の原因である。
今からでも具体的に戦時における輸送船団の編成と、その護衛方法を真剣に検討すべきだ。
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