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.社会,スポーツ  投稿日:2016/2/7

25歳の君へ3つのアドバイス~いつか来る引退の日に向けて~


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

今、君は絶頂の中にいて、私が言うことは何一つ聞こえないと思う。アスリートはそれでいいし、それでこそアスリートって感じがするよね。だから今は余計なことは耳にしないで存分に世界の頂点を目指してなりふり構わず自分を高めていけばいいと思う。ただ、いつまでも続くとおもっている現役生活もいつか終わりが来る。そのいつか来る引退の時、たぶん君は迷う。その時、頭の片隅に残っていたこの言葉が少しは助けになるかなと勝手に思って、今日は説教じみたことを書いてみようと思う。

まず最初に、君が今競技をしている時に感じている興奮は残念だけど引退した後は2度とない。それは社会に影響を与えているということだけを言っているのではなく、自分の身体を鍛えて、はっきりした勝敗に向かい、世界のトップの選手としのぎを削るという体験は、あまりにも強烈で社会の現実と離れているから。もう一度あの興奮があったらいいなと思うのは素敵なことだけど、あの興奮がなければ生きていけないと思うようであればすっかり諦めてしまった方がいいと思うんだ。それを追い求めるとどんどん迷路にはまり込んで行っちゃうからね。

それから今君が感じてる世の中からの熱い視線も、徐々になくなっていく。ちょっとだけ寂しい思いをするかもね。今君がパーティー会場に行くと周りに人が寄ってきて鬱陶しいと思っていると思う。でも大丈夫。引退すれば徐々になくなっていてむしろ寂しいぐらいになるから。それから子供達にサインをねだられて毎日大変だとも思う。それも引退すればすぐ子供達は君のことが誰かわからなくなる。”先生あの人だれ?”という声を聞きながら、それも普通に思えるようになってくるんだ。

今、君が得ている名声も金銭も、君の実力で得ているものだ。ただ、世の中の他の職業と違うのは、君の”実力”は衰えるものっていうことだ。君の価値を支えているのは、競技力で、それはある点をピークに衰えていく。認めたく無いだろうけどね。それが君の思う一線を超えた時に引退をするのだけれど、そうなると名声も金銭も前のようには手に入らなくなる。引退した後は、これまでとは違う実力をつけていく必要があるんだ。

つらいな寂しいなと思って、君が誰かにこの気持ちをわかってほしいと思って相談しようと思っても同じ経験をしている人はほとんどいない。たぶん君が相談すると、

大丈夫あなたはいつまでもスターですよ

一時でもスターだったんだからいいじゃないか

という二つのこたえが主に返ってくるんじゃないかな。でも、君が聞きたいのはそんなことじゃないよね。このぽっかり空いた穴をどうやって埋めたらいいのかってことを君は聞きたいんだと思う。そして、それに答えられる人ってのは世の中にはあんまりいないんだ。だから君はこれから先しばらくの間その”ぽっかり空いた穴”と一緒に暮らしていかないといけないんだよ。

ちょっと長くなりすぎたので、最後に三つだけアドバイスをして終わりにしようと思う。

1、生活水準とプライドを元に戻す

2、なんでもいいから社会とつながりを持つ

3、自分がやってきたことを抽象的に捉えてみる

まず生活水準を元に戻す。とにかく普通の生活をできるようにする。あいつはケチくさくなったとか、落ちぶれたとか、いろいろ言われると思うけど全くそんなこと気にしないでとにかく普通の生活に戻る。入ってきている分しかお金は使っちゃいけないんだ。それからプライドも捨てた方がいい。君が感じている辛さのほとんどは君のプライドの高さからきている。そしてそのプライドってのがあるから、周りが君に声もかけられないし、手助けも出来ない状態になってる。だから、これでもかってぐらいプライドを捨てて、ちょうど1年生で部活にドキドキしながら入った時と、同じ気持ちで生きていくといい。

それからなんでもいいから社会と接点を作ること。学校に行ってもいいし、友達と旅行に行ってもいい。もちろん働くことも。とにかくなんでもいいから社会と接点を作っていくんだ。人は社会の中で生きていて、働くってことは社会に価値を提供するってことで、すぐには思いつかなくても接点さえあれば何かが見えてくるかもしれないからね。

自分がやってきたことはスポーツかもしれないけれど、その奥にあったものはなんなのかを考えてみること。スポーツを通じて伝えたかったこと、成し遂げたかったこと、スポーツを通じてなりたかったもの。スポーツは手段でその奥に目的があったんだと思って、考えてみてほしい。すぐには見つからないかもしれないけど、その奥にある目的がぼんやりとでも見えてきたら、きっと君は違う方法でもその目的は達成できるってことに気づいていると思うんだ。山頂が高くなれば手段はたくさんあるってことに気がつくからね。

引退後の人生は現役時代と少し違うけど、大丈夫。なんとかなるし、君ならなんとかできる。ピンチの時にそれを乗り越えられる強さを持っている人しか、トップアスリートにはなれない。それに、そもそも君は何にも持っていなかったんだから、スポーツを始めたあの時みたいに、また基礎練習から始めていけばいいだけなんだよ。

(この記事は、為末大氏のHPから転載させていただいています)


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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