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.国際  投稿日:2026/5/2

中東危機が残したものー2026年、EUが「戦略的自律」へ舵を切った真意ー



Ulala(著述家)

 

【本稿のポイント】

  • 2026年の中東危機は、従来の国際協力や米国依存の限界を露呈させ、EUに深刻な安全保障上の危機感を植え付けた。
  • エネルギー、防衛、経済、デジタルの各分野で、特定国に依存しない域内完結型の仕組み構築が本格化。
  • 原子力回帰や主権クラウド移管を推進するフランスの動きは、多角的な供給網を目指す日本にとって重要な示唆を含んでいる。 

 

 

2026年春、イランをめぐる軍事衝突は世界経済に衝撃を与え、EUの安全保障の根幹を揺るがした。米国依存がリスクとなる中、EUは「戦略的自律」の実現を急いでいる。エネルギーからデジタルまで、欧州が構築し始めた「自前で回す仕組み」の全貌を、フランス在住の著述家Ulala氏が解説する。(Japan In-depth編集部)

 

 

2026年春、イランをめぐる軍事衝突と中東情勢の悪化は、欧州連合(EU)に大きな衝撃を与えた。

中東危機は、冷戦後の世界が前提にしてきた「比較的安定した時代」が終わりつつあることを示した。エネルギー価格は大きく動き、物流も混乱した。同時に、世界の国々は、今までの国際協力の形や、強い国に安全保障を頼るやり方が、必ずしも安心できるものではないと気づかされたのだ。

イランをめぐる軍事衝突による原油価格の乱高下や、ホルムズ海峡を通じた物流の遅れは、欧州経済に深刻な打撃を与えた。さらに、アメリカが自国の国内事情やインド太平洋地域への関心シフトを優先し、中東問題への介入を限定的なものにとどめたこと、あるいはアメリカの政権交代によって外交政策が極端に変動するリスクが浮き彫りになった。

この結果、EUでは、以前から進んでいた「戦略的自律」の路線がさらに加速したのだ。

 

同盟国の不確実性と戦略的自律の模索

EUは、長年にわたりアメリカを安全保障の最大のパートナーとして位置付けてきた。北大西洋条約機構(NATO)を通じて、欧州の防衛は事実上アメリカの核の傘と通常戦力に支えられてきたといっても過言ではない。

しかし、ドナルド・トランプ氏のような「アメリカ・ファースト」を掲げる政治勢力の台頭や、中東危機のような不測の事態におけるアメリカの孤立主義的な動きは、EUに深い不信感と危機感を植え付けた。

EUにとってアメリカは依然として「同盟国」である。しかし同時に、それは「いつ内向きになるかわからない不確実な存在」でもある。もしアメリカがNATOへの関与を弱め、欧州の安全保障から手を引くような事態になれば、欧州大陸全体の安全が脅かされる。

こうした認識の下、EUは単なる協力関係の維持にとどまらず、独自の枠組みを構築し始めている。外部への依存を減らし、欧州の中でより多くを回せるようにする仕組みづくりである。この動きは、エネルギーや防衛のみならず、経済やデジタル技術にまで広がりを見せているのだ。

以下が、現在EUがアメリカやロシア、中国といった外部勢力への過度な依存を脱却するために掲げている主な柱である。

 

エネルギー:輸入化石燃料依存からの転換

EUはかつて、ロシア産の安い天然ガスに大きく依存していた。だが、その依存は地政学リスクによって大きな弱点になった。代わりにアメリカ産LNGの輸入を増やしたものの、今度はアメリカの価格や供給に左右されやすくなるという別の依存が生まれた。

そこでEUは今、ロシア依存からもアメリカ依存からも距離を取り、輸入化石燃料そのものを減らす方向へ動いている。その象徴が、2026年4月22日に欧州委員会が発表した「AccelerateEU」だ。これは中東危機の深刻化を受けて、外国から買う燃料に頼るのを減らし、ヨーロッパの中で作る電気を増やすための総合的な計画である。

EUは、再生可能エネルギー、電化、水素を広げ、外から燃料を買い続ける構造そのものを変えようとしている。フランスはその中で、原子力を安定電源として重視し、EUの電気中心の流れを支える役割を強めている。

 

防衛:NATO依存と独自の防衛産業プログラム

安全保障面での最大の変化は2024年3月に提案され、2025年12月に正式成立した「欧州防衛産業プログラム(EDIP)」だ。NATOは引き続き欧州防衛の基礎として維持されるものの、戦闘機をはじめとするアメリカ製兵器への過度な依存や、軍事行動におけるアメリカの指揮権への依存を見直す動きが活発化している。

EDIPは、欧州の資金で欧州の防衛産業を育成し、独自に兵器を開発・調達するための枠組みで、ウクライナ支援を通じて露呈した弾薬や防衛装備品の不足を解消するため、域内での生産能力の増強が急務となっている。

 

経済:特定の国に頼りすぎない「デリスキング」

EUが経済安全保障で重視しているのは、「デリスキング(リスク低減)」である。これは、中国やアメリカを含む特定の国に頼りすぎることで生まれる危険を減らす考え方だ。安さだけで調達先を選ぶのではなく、止まらない供給網をどう作るかが重視されるようになった。

その中心にあるのが重要原材料法(CRMA)である。EUはこの法律で、2030年までに戦略原材料の少なくとも10%を域内採掘、40%を域内加工、25%を域内リサイクルで確保し、さらに一つの国への依存を65%未満に抑える目標を定めた。

最近では、この方針は実行段階に入っている。欧州委員会は戦略プロジェクトの認定を進めており、域内での採掘・加工・リサイクルを本格的に増やそうとしている。さらに2026年春のマクロン大統領の日本訪問でも、投資や技術協力が話し合われた。EUは域内生産を増やしつつ、日本のような信頼できる国とも連携し、供給網を多角化しようとしているのである。

 

デジタル:デジタル主権とAI規制

デジタル分野でも、EUはアメリカや中国への依存を減らそうとしている。クラウドやAIの基盤を域外企業に握られたままでは、経済や行政の主権が弱くなると考えているからである。

そこでEUは、AI法で安全性や透明性のルールを定める一方、「AI Continent」や「AIギガファクトリー」を通じて、欧州の中でAIを育てる政策も進めている。

 

フランスが主導する「第三の道」

この4つの柱の中でのフランスの関わりはとても大きい。マクロン大統領は常に「欧州の戦略的自律」を訴えてきた。2026年に入ってからも、その立場は変わっていない。日本・韓国訪問では、アメリカや中国のどちらか一方に全面的に頼らない「第三の道」を語っている。

フランスがとりわけ強みを持つのは原子力である。EUタクソノミーで原子力が一定の条件の下で位置づけられる過程でも、フランスは重要な役割を果たした。さらに2026年3月には、6基のEPR2建設方針を改めて確認している。フランスにとって原子力は、欧州のエネルギー安全保障を支える重要な基盤電源なのである。

デジタルでも同様である。2026年4月9日には、フランス政府が「域外デジタル依存の削減を急ぐ」と正式に発表した。さらに4月23日には、保健データ基盤のHealth Data Hubが、アメリカ系基盤からフランス企業Scalewayの主権クラウドへ移ると公表された。実際に欧州のデータを欧州側の基盤へ戻す動きを始めているのである。

 

分断の時代を生き抜くために

中東危機が残したものは、単なる中東の混乱にとどまらず、従来のグローバル化や同盟体制の前提が崩れつつあるという現実である。EUが推進する「欧州だけで経済も軍事も回せる仕組み」の構築は、不確実な国際社会を生き抜くための現実主義的な適応のプロセスとも言えるだろう。

日本にとって、このEUの挑戦は大きな参考となる。特定国への過度な依存を減らし、独自の自律性を高めながら、同志国との連携を強化することが、これからの分断の時代を生き抜くための有力な道の一つだからだ。

一つの国や一つの仕組みに頼りきらない体制を築けるかどうかが、これからの日本の強さを左右することは間違いない。

 

 

中東危機とEUの生存戦略を理解するためのFAQ

Q1:中東危機はEU経済にどのような影響を与えましたか?

A:原油価格の乱高下やホルムズ海峡の物流遅延により深刻な打撃を与えました。これにより、従来の国際協力や特定の大国に依存する安全保障体制の限界が露呈しました。

Q2:2026年4月に発表された「AccelerateEU」とは何ですか?

A:外国産燃料への依存を減らし、域内での再生可能エネルギー、電化、水素の普及を加速させるための総合計画です。中東危機の深刻化を受けて策定されました。

Q3重要原材料法(CRMA)が定める具体的な目標数値はありますか?

A:2030年までに、戦略原材料の10%を域内採掘、40%を域内加工、25%を域内リサイクルで確保し、特定国への依存を65%未満に抑える目標を掲げています。

Q4フランスが進める「デジタルの脱依存」の具体例は?

A:2026年4月、保健データ基盤「Health Data Hub」のサーバーを、米国系基盤からフランス企業Scalewayの主権クラウドへ移管することを公表した事例などがあります。

Q5:欧州防衛産業プログラム(EDIP)の目的は何ですか?

A:米国製兵器への過度な依存を見直し、欧州独自の資金で域内の防衛産業を育成・調達することを目的としています。2025年12月に正式成立しました。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

 

 

関連リンク

AccelerateEUはEUのエネルギーレジリエンスを強化する

欧州防衛産業プログラム

日本と韓国では、エマニュエル・マクロン大統領が「第三の道」を提唱している

重要原材料法

AI大陸行動計画で欧州の人工知能分野におけるリーダーシップを形成する

委員会は戦略的な調達を通じてクラウド主権を推進する

ヘルスデータプラットフォームは、Scalewayとの提携により、独立したクラウドへの移行を開始しています

大使会議2026

 

 

シリーズ紹介・バックナンバー

 

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写真)クラゲで停止する原子力発電所

出典)Dan Kitwood/Getty Images

 




この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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