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.社会  投稿日:2016/1/28

時間と能力は無限ではない~人生を絞り込み易くする考え方~


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

サミエルウルマンの“青春”という私の大好きな詩がありまして、そこに

“青春とは人生のある時期をいうのではなく、心の様相を言うのだ”

という一文があります。私はとてもこれに賛同するわけで、若くして老いてしまっているような人もいますし、いくつになっても若々しく、まさに青春を生きているかたもいます。実年齢と若々しさはさほど関係がないように感じられ、どんな心持ちで日々を生きるかがまさに青春を決定づけているのだと思います。

話は変わり、人間の能力はいつまで成長していけるのでしょうか。スポーツの世界では明確に、身体能力においては20代の前半がピークになります。いやそんなことはない、鍛えればいくらでも能力は向上するではないかという意見はごもっともですが、それはベースとなる身体能力(これをなんだと捉えるのかによっては随分と答えは違いますが)が衰えていく以上のペースでトレーニングを行って向上したわけです。アスリートにとって20代以降の戦い方は、衰える身体能力以上のペースでトレーニングをする、ないしは技術を向上させるということになります。

これを能力の向上と言ってもいいのかもしれませんが、少なくとも新しいことを習得しにくくなる傾向にあるということは賛同いただけるのではないかと思います。英語学習が盛んですが、10代で留学をした人と、30代で留学をした人の習得のペースには大きな違いがあります。人間の脳が適応しきる前の方がやはり語学習得には良いと思います。10歳以降に競技をはじめてオリンピアンになれる競技は随分少ないです。スポーツにおいては可能性は現実には10代の時点ですでに減りつつあります。

皮肉なことに何かに制限がかかるからこそ選択肢は絞られ、人は迷わずそこに向かえるようになります。人は生まれてからできることが増えていくように思えますが、実際にはできなくてもいいことを削り、できることに特化していくと聞きます。可能性がありすぎると、選ぶこと自体が困難で、かつ先が長いためついのんびりしてしまい機を逃してしまいます。

私は暗い男で、人間には限界があり、人は必ず死に(時間)、誰もがウサインボルトになれるとも限らない(能力)という考え方をします。けれどもこの考えを持つに至ったおかげで、私は戦場を選び、やるべきことを先延ばしにすることをやめ、やりたいことは今すぐやるという姿勢に変わりました。

時間も能力も、可能性は無限じゃないんだと実感することにより、人生は絞り込みやすくなります。人の可能性は無限大だという人ほど、今日に必死になっていないと思うのは私の偏見かもしれません。


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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