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.経済  投稿日:2016/3/11

トヨタとスズキ、泰山鳴動して鼠一匹すら出ず その1


遠藤功治(アドバンストリサーチジャパン マネージングディレクター)

「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」

1 スズキが転換社債発行へ

スズキは3月7日に転換社債2,000億円を発行し、同時に7,000万株の自社株消却も行うことを発表しました。これにより、噂として上っていたトヨタによるスズキへの出資、トヨタとスズキの提携、という可能性は殆ど消えました。1月の日経新聞報道以来、各メディアで面白おかしく取り上げられていたトヨタ・スズキの大連合、All Japan体制構築、という話は、ほぼ夢幻の如く消えました。まさに、“泰山鳴動して、鼠1匹すら出ず”という結果での幕引きとなりました。

先に筆者が執筆させて頂きました、“トヨタ・ダイハツ・スズキ新三角関係”の中で、スズキが4,700億円を支出しVWから約20%の自社株を取り戻したこと、これによって健全であった財務体質が大きく毀損されたこと、早い段階での財務改善策が必要であること、考えられるオプションの1つがトヨタに金庫株を売却することによる資本提携であること、但し、トヨタ側から見れば金を出すだけでスズキから得られるものが少ないこと、インドはスズキの聖域であって、インドでトヨタと販売・生産協力するなど、甚だナンセンスであること、云々です。

トヨタとスズキは提携の可能性について、実際検討はしていたと推測しますが、結局は最終合意に至らなかった、ということでしょうか。トヨタからの出資が無いとすれば、スズキは取りあえず資金調達をする必要性がある、今回の転換社債で2,000億円の現金を得ることで、一時的ではありますが、財務面で一息つけるということでしょう。

ちなみにこの転換社債という代物、投資家には大変不評に捉えられる場合が多く、実際、この発表の翌日、翌々日とスズキの株価は下落、2日間で日経平均が約1.5%下落したのに対し、スズキ株は5%近い下落となりました。転換社債は償還期限までに株価が転換価格を上回れば普通株式に転換が進む訳で、結果、発行済み株式数が増加します。希薄化、又はダイリューションと呼ばれますが、1株当たりの価値が、株式数が増える分だけ目減りする訳です。スズキはこれをなるべく防ぐために、自己株消却を7,000万株実施すると発表した訳です。

スズキの総発行株式数は5億6,104万株。自己株式(金庫株)は1億1,986万株で、全発行済み株式数の約21%に相当しますが、7,000万株が消え去ると、後には約5,000万株弱、全体の約9%弱の比率まで金庫株の比率は下がる計算です。将来、株価が上昇して株式転換による潜在株式数の増加は、理論上22%にも上るのですが、今回会社側は残った自己株式を転換用の株式に充てることで、希薄化を11%に抑える施策を施しました。これに9%ほど残っている金庫株を割り当てることで、希薄化を最小限に留める施策を施した転換社債、ということになります。株価も発表から3日が過ぎた現在、何のことは無い、発表前の株価水準を取り戻しています。

これでどうなるかというと、従来考えられていた、提携の為に使える自己株が全て無くなるということになります。つまり、他社に買ってもらう自己株が無くなる、他社に出資してもらうその金庫株自体が消滅する訳です。結果、トヨタがスズキの自己株を例えば10%買って、スズキに出資することで、トヨタとスズキが提携する、という日経新聞の報道は不可能になります。世の中に絶対など無いので、今後トヨタとスズキの出資を伴った提携が無いとは言いませんが、少なくとも今回の件では、泰山は鳴動しましたが、結局は鼠1匹どころか、何も出ませんでした。

スズキは3月9日に新型“バレーノ”の発表会を開催、この車、インドのマルチスズキ製で、インドから日本へ輸出する初の自動車となります。月販500台、年間6,000台の販売目標はそれほど大きな規模ではありませんが、軽自動車販売の不振が続き、かつ登録車の販売を拡充したいスズキとしては、新たな一歩となります。排気量は1200cc、自然吸気エンジンタイプで価格は141万円から、排気量1,000ccの直噴ターボ付きは161万円からとインド製にしてはそれなりの価格。インド製とは言え、自動ブレーキやアクティブクルーズコントロールも標準装備、品質はスズキのチーフエンジニアが徹底的に作りこみ、鈴木会長曰く日本の湖西工場並み(スズキの軽自動車主力工場)、マルチでの生産が始まって33年、ようやく品質で日本基準に到達した、とのことです。鈴木会長もご子息の鈴木社長も、また駐日インド大使までお呼びしての一大イベントでした。

その発表会の席上で、メデイア記者に囲まれた鈴木会長、鈴木社長、共にトヨタとの提携の可能性を完全に否定。複数のメディアで報道された、“トヨタの豊田章一郎名誉会長と鈴木会長が極秘で会談した”との話も、“そんな事実はない”、“会ってもいない”と、にべもない態度であったようです。筆者はことの真相は存じ上げませんし、まだまだ裏で動いている向きもあるかもしれない。ただ少なくとも、トヨタとスズキの間で、“出資を伴った提携”が実を結ぶ可能性は、当面限りなく低くなった模様です。

(その2に続く。2016年3月12日19時に掲載します。全2回)


この記事を書いた人
遠藤功治株式会社SBI証券  投資調査部 専任部長兼シニアリサーチフェロー

1984年に野村證券入社、以来、SGウォーバーグ、リーマンブラザーズ、シュローダー、クレディスイスと、欧米系の外資系投資銀行にて活躍、証券アナリスト歴は通算32年に上る。うち、約27年間が、自動車・自動車部品業界、3年間が電機・電子部品業界の業界・企業分析に携わる。 その間、日経アナリストランキングやInstitutional Investors ランキングでは、常に上位に位置2000年日経アナリストランキング自動車部門第1位)。その豊富な業界知識と語学力を生かし、金融業界のみならず、テレビや新聞・雑誌を中心に、数々のマスコミ・報道番組にも登場、主に自動車業界の現状分析につき、解説を披露している。また、“トップアナリストの業界分析”(日本経済新聞社、共著)など、出版本も多数。日系の主要な自動車会社・部品会社に招かれてのセミナーや勉強会等、講義の機会も多数に上る。最近では、日本経団連や外国特派員協会での講演(東京他)、国連・ILOでの講演(ジュネーブ)や、ダボス夏季会議での基調講演などがあり、海外の自動車・自動車部品メーカー、また、大学・研究機関・国連関係の知己も多い。2016年7月より、株式会社SBI証券に移籍、引き続き自動車・自動車部品関係を担当すると供に、新素材、自動運転(ADAS)、人口知能(AI)、ロボット分野のリサーチにも注力している。

東京出身、58歳

遠藤功治

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