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.国際  投稿日:2016/3/30

米・大手メディアは民主党支持 米大統領選クロニクル その8


古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

今回のアメリカ大統領選挙はニュースメディアにも変動をもたらしそうだ。

一つには、大手メディアが共和党のドナルド・トランプ候補を叩いても、叩いても、人気にほとんどかげりが出ないことだろう。新聞やテレビがトランプ氏の暴言、放言を詳しく報じて、厳しく非難しても、その影響があまり出ないのだ。

どこの国の民主的選挙でも同様だが、アメリカの大統領選挙でニュースメディアが果たす役割は巨大である。これまでは新聞やテレビの報道ぶり、あるいは論評ぶりが選挙の行方を大きく左右することさえあったのだ。このメディアと候補者の相関関係がトランプ氏の人気で変質してきたような気配なのである。

そのアメリカのメディアについてまず知っておくべきは、大手の新聞やテレビはほとんどが民主党寄りという事実である。どのメディアも報道の部分では客観的なスタンスを宣言して、客観、中立に近いような感じをみせるが、実際には陰に陽に、微妙な政治傾斜があり、民主党、リベラル系への支持をにじませていく場合が多いのだ。

そのうえにアメリカのメディア界には選挙の終盤戦で特定の候補への支持を正面から公表する慣行がある。Endorsement(推薦、支持)というメディアとしての承認や支持の表明である。新聞の場合、社説欄で「本紙は〇〇候補を支持する」と明確に述べるのだ。そうした事情をすべてひっくるめて、大手メディアでは近年は民主党候補の支持が圧倒的に多いのである。

私自身がその基本構図を知らずに痛い思いをしたことがある。

1980年の大統領選挙で民主党現職のジミー・カーター大統領が共和党のロナルド・レーガン候補の挑戦を受けたときだった。私は選挙期間中、カーター大統領が勝つのではないかと内心、思っていた。だが結果はカーター氏の大敗だった。しかも「地すべり」と評されるほどの歴史的な大敗だった。

なぜ私がそんな誤認をしたのか。簡単にいえば、アメリカの大手メディアの報道や評論だけをうのみにしていたことが原因だった。そのころのワシントン駐在の日本人特派員たちと同様に、私はまず新聞ではワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズを克明に読んでいた。テレビではCBSをはじめ、NBCやABCのニュースを視聴した。

これら主要メディアの報道ではカーター大統領の優秀さや人気がきわめて前向きに伝えられ、一方、レーガン氏については「カウボーイ」「俳優あがりの反知性的政治家」という皮肉や戯画の要素をにじませての批判的な報道が多かったのだ。当時は世論調査の回数が現在よりずっと少なかった。一般有権者よりも主要メディアのほうがずっと民主党びいきだったのだ。

大手の新聞やテレビの幹部や記者に、圧倒的に民主党支持者が多いことはすでに周知の事実である。2008年の大統領選では大手メディアの当事者たちの民主党側への寄付が、235人分で合計32万ドル、共和党側への寄付が20人で3100ドルという調査結果が出た。なんと民主党支持者は共和党支持者にくらべて人数で12対1、寄付の金額で100対1という偏りだったのだ。

前回の2012年の大統領選ではカリフォルニア大学政治学教授のティム・グロスクロス氏が「メディアの偏向指数」を発表して注目された。同教授は各メディアの政治偏向の科学的、数量的な調査を試みて、その結果を「左傾=リベラル・メディアの偏向がいかに米国民の思考をゆがめるか」という本にまとめた。

同教授は全米約20の有力メディアの政治・選挙報道を対象に、記事で引用する研究機関の保守、リベラルの区別や税制や社会福祉など主要な政策の描写の肯定的、否定的の区分、政治傾向の形容語の分析など、多数の具体的な基準をもとに「偏向指数(SQ)」という測定数値を考え出した。数値はゼロから100までで、最も保守偏向がゼロ、最もリベラル偏向が100で、50が中道となる。

その結果、具体的な偏向指数ではニューヨーク・タイムズ83、ワシントン・ポスト78、CBSテレビ86、ABCテレビ83などという数字が示された。全体として圧倒的な民主党、リベラル傾斜が実証され、「大手メディアには顕著な民主党支持の傾向がある」という結論が打ち出されたのだった。

この基本はいまも変わらないようだが、大手メディアでは最近はウォールストリート・ジャーナルやFOXニュース・テレビが共和党寄り、保守傾斜の傾向を顕著にみせるようになった。だがなお少数派である。

こうした年来のメディアの構図がトランプ氏という型破り、慣例破りの候補の登場でどう変わるのか。これもまた今回の選挙の関心対象の一つである。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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