中国人留学生に学位乱発のわけ
渡辺敦子(研究者)
「渡辺敦子のGeopolitical」
最近のGuardian紙に、私の住むコヴェントリーが豪華学生寮の建設ラッシュに沸いている、という記事が載っていた。
同紙によると最大のものは20階建、約600室で、バストイレ、フラットTVつき。家賃は週2万~3万円。東京都心のワンルーム並みだが、コヴェントリーはロンドンから電車で2時間ほど、人口31万人の小さな地方都市だ。一般家庭に下宿している私の家賃は、光熱費込みで月額6万円弱である。過去自動車産業で栄えた街に今その面影はなく、一時はリセッションに苦しんだ。だが2013年以降、コヴェントリー大学が留学生の受け入れに力を入れ始め、賑わいが戻った。同大学の中国人学生は全学生数の半数を占めると言われる。留学生全体の割合は不明だが、同大学はアフリカからの留学生も多く受け入れている。同紙によると、英国全体ではEUからの留学生も増加の一途だという。
筆者は昨年末、英国の大学で、留学生、特に中国人の学生が急増していることを紹介したが(「中国一人っ子政策の廃止が英国を潤す」参照)、ガーディアン紙によると、やはりこの現象は英国中に広まっている。現在、上昇一途の学生寮の家賃は一般の家賃を押し上げ、メインストリートも、学生が好むおしゃれなカフェなどに変わっている。だが多くの学生は週末ロンドンに繰り出し、ブランドの紙袋を大量に下げて帰ってくるから、地元がさほど潤うわけでもなかろう。家賃の高騰により、留学生は裕福な家庭の子だけになるのでは、と危惧されている。
それだけではない。学位の質の低下も懸念される。海外からのお客さんには、多少目をつぶっても学位は出さざるを得ない。ある大学講師の友人は、冷戦をFrosty Warと書いた大学院生の話を、「それでも彼には学位をやることになる」とため息混じりにしてくれた。
また短期滞在の学生のために、店は粗悪な品を平気で売る。学生向けの鍋は数回使えば底が剥げてくる代物で、中国人の友人が「質が悪いわね。メイドインチャイナじゃないの?」と、冗談を飛ばすほどだ。当然ゴミは増え、学年度末には学寮の前に廃品の山ができる。学生は税金を払わないし、一時滞在では住み捨てるのが当たり前だから、街全体の目に見えない負担は計り知れない。
グローバル化を目指す日本の大学にとっても気になる話のはずだ。案外知られていない事実だが、日本の大学では、社会科学の博士号というのは定年近くなって取るのが慣例で、多くの大学教授は学位を持っていない。だが最近は留学生の増加で、お客さんに博士号をあげないわけにはいかないから、文部省の通達でより気軽に授与するようになった。すると指導教官は博士号を持っていないのに、学生は…という事態や、レベルの低い研究にも出さざるを得ない状態が増えている、という。また地方の国立大学に勤める友人は、大学院は留学生でもっているようなものだ、と教えてくれた。
大学当局や地域による留学生への扱いや彼らの振る舞いが、その社会に無視できない影響力を持つ。この話の怖さは、例外が例外でなくなっていくことだろう。例外にシステムが合わせるようになれば不安定要因は増し、システム自体の荒廃を招く。その荒廃はゴミの例が暗示する通り、社会に深く浸透しかねない。またもう一つの危険は、こうして“例外的”に大量に授与される粗悪な学位が世界中に広まり、さらに広い意味で教育システムの信用低下を招きかねないことだ。英語圏である英国は、人の往来という意味ではグローバル化の最先端にある。少々空恐ろしさを感じずにはいられない。
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この記事を書いた人
渡辺敦子
研究者
東京都出身。上智大学ロシア語学科卒業後、産経新聞社記者、フリーライターを経て米国ヴァージニア工科大学で修士号を取得。現在、英国ウォリック大学政治国際研究科博士課程在学中。専門は政治地理思想史。