中国一人っ子政策の廃止が英国を潤す その1 大挙して押し寄せる中国人留学生
渡辺敦子 (研究者)
「渡辺敦子のGeopolitical」
「中国の一人っ子政策廃止で喜んだのは、実はイギリスではないか」。英国の大学に勤務する友人がこう軽口をたたいたのには、案外深い理由がある。イギリスの高等教育機関は、グローバル化時代の一大産業と言っていい。統計によれば、2013-14にイギリスが受け入れたEU以外に居住する学生の総数は435,000人である。そのうち中国人(香港を除く)は、87,895人でトップ。前年比よりも5%増加している。ちなみに2位のインドは2万人弱である。
数字だけでは実感が湧きにくいだろう。現場から見るとどうなるかというと、たとえば私の所属するウォリック大学はトップ5のひとつで特にビジネススクールは名声を誇る。経済、ビジネス系に中国人は多く、経済学修士では6割。比較的少ない人文社会学系でも文化政策修士では4割が中国人という。応用言語学も割合は高く、あるトップ10大学では、応用言語学修士の98%が中国人といい、こうなると留学というより、さながら中国からの「移動教室」である。
こうなると何が起きるか。応用言語学専攻の学生は「クラスでカルチャーの違う生徒同士でグループを作れといっても、中国人ばかりで不可能だった」とこぼしていたし、「英語が全然うまくならない」と苦笑する中国人もいる。もちろん、「外国でも寂しくならない」というのも率直な意見ではあろう。一人っ子である彼らは友達とほとんど兄弟のように付き合い、文字通り寝食を共にする。どこの大学でも、チャイナソサエティの活動は政治的にも社会的にも活発である。
背景にあるのは、中国の英語教育熱である。その熱気は、日本の比ではないようである。たとえば中国のヤミ金融を研究するある研究者によれば、このような金融が栄える理由のひとつは教育費捻出のためという。子供たちを留学させ、英語を身につけさせるのだ。私も当初は中国人学生の多くは、共産党幹部の子弟ら、いわゆる特権的階級なのかと思い込んでいたのだが、中国出身の友人によれば「多くは普通の家庭の子たち」、つまり中産階級という。
イギリスにしてみても、願ってもない話である。そもそも日本と同じで、優秀なイギリス人学生は学士で就職する道を選びがちなため、修士課程は外国人向けのものとなりがちだ。近年のイギリスの出生率上昇には留学目的の移住者が貢献しているというし、地元経済への貢献は計り知れない。たとえば私の住むコヴェントリーはかつて自動車産業の街として栄えたが、今はわずかにジャガーの本社が残る程度である。人口の多くは市内に2つある大学に勤務し、町中が大学関係者の感さえある。
しかし、学生のリクルート業務に従事する友人によれば、中国人学生の勧誘は次第に困難になりつつあるという。それを聞いた中国人の友人は「最近は、イギリスでは中国人ばかりで英語が勉強できないという噂も広まっているからじゃない?」と推測する。もちろん、中国国内経済の悪化もあるのであろう。真偽はともかく、だから中国の一人っ子政策の撤廃は、将来的に留学生の増加を通じてイギリスの利益となる、というロジックが成り立つことになる。
次回は、「風が吹けば桶屋が儲かる」的なこの関係について、最新の国際関係論の議論を用いて説明してみようと思う。
(この記事は 【ひとりっ子政策廃止が英国を潤す? その2】~中国の何が「脅威」なのか〜 に続く)