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.国際  投稿日:2016/6/23

朝日新聞若宮啓文氏を悼む その3 竹島を韓国に譲って


古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

若宮啓文氏の言説のなかでもイデオロギーや政策論を越えて広範な反発を招いたのが日本の固有の領土の竹島を韓国に譲ってしまえ、という趣旨の主張だった。これまた前出の「風考計」という連載コラムだった。ただし2005年3月27日の朝日新聞朝刊掲載だった。このコラム記事で若宮氏は次のように書いていた。

≪いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する。・・韓国がこの英断を称えて「友情島」と名づけて周辺の漁業権を日本に認める・・どうせ島を取り返せる見込みはない≫

若宮氏はここでは竹島という日本語の名称さえ使わず、単に「島」と呼ぶ。いかにも韓国側に配慮したスタンスなのだ。そして竹島譲渡の勧めを堂々と書いて、その末尾に「と夢想する」と付け加える。これまた自分の夢を土台としているのだ。

しかしこの竹島譲渡案にしても、国旗掲揚や国歌斉唱への反対にしても、自分の夢を最大の基盤に使うという論法はあまりに無責任で狡猾である。日本の主権や領土にかかわる命題を論じる際に、一人の人間がみたと称するその人間の睡眠中の夢を、あたかも論拠か根拠であるかのように提示することは単に人間同士のコミュニケーションとしても常軌を逸している。

個人同士の意見の交換、個人から集団への意見の伝達には発信側と受信側とが共に認知できる客観的な共通要素がある程度は存在することが欠かせないだろう。であるのに若宮氏は自分がみたという夢をその種の要素であるかのように使っているのだ。

あえて述べるならば、若宮氏が自分で報告しているような夢を本当にみたのかどうか、どこに証拠があるのか。誰にもわかる方法はない。

私自身、50年もの記者活動を続け、無数の記事を書いてきても、自分自身がみた夢を読者に訴える主張の材料に使ったことなど、ただの一度もない。そもそも新聞記者が新聞紙上で読者に対して「私がこんな夢をみたから、そのとおりに信じるべきだ」などと書けば、読者の愚弄だろう。ジャーナリズムのごく初歩の基準でみても、コラム記事での自分の夢の紹介などという手法は異様中の異様なのである。

私は当時の『諸君!』論文で若宮コラムのこの夢の悪用を「情緒の過多と論理の欠落」と特徴づけた。国の主権や外交のあり方を個人の睡眠中の夢の内容を指針に論じるというのでは、あまりに情緒的にすぎる。そもそも個人の夢の内容を一般化しようとする話法には論理のかけらもない。これが若宮筆法の第一の特徴だった。

第二の特徴は「論敵の悪魔化」である。最初に紹介した2006年3月の若宮コラムには以下のような記述があった。

≪現代の世界でも「発禁」や「ジャーナリスト殺害」のニュースが珍しくない。

しかし、では日本の言論はいま本当に自由なのか。そこには怪しい現実も横たわる。

靖国参拝に反対した経済人や天皇発言を報じた新聞社が、火炎ビンで脅かされる。加藤紘一氏に至っては実家が放火されてしまった。言論の封圧をねらう卑劣な脅しである。

気に入らない言論に一方的な非難や罵詈雑言を浴びせる風潮もある。この国にも言論の「不自由」は漂っている≫

以上の記述で問題なのは自分たちの主張に反対する側をすべて「火炎ビン」や「放火」でくくっている点である。テロ行為に結びつけるのだ。

だが実際には朝日新聞の主張に反対する主体は時の民主的かつ合法的な政権であり、自由な言論人や学者たちである。私自身も含めて若宮氏の主張への反対論を彼と同じ言論の自由の範疇で述べているだけなのだ。若宮氏の論敵たちもみな「火炎ビン」や「放火」を厳しく糾弾していたのだ。

だが若宮氏の筆法はその論敵をすべてテロリストに等しく扱ってしまっていたのである。この作業は悪魔ではない相手を悪魔扱いする「悪魔化」ということになる。若宮氏の「悪魔化」の手法は以下の記述にもうかがわれた。同じコラムからである。

≪(日本国民は)同胞の拉致の悲劇にはこれほど豊かに同情を寄せることができるのに、虐げられる北朝鮮民衆への思いは乏しい。ひるがえって日本による植民地時代の蛮行を問う声は「拉致問題と相殺するな」の一言で封じ込めようとする。日本もまた「敵に似てきている」とすれば、危険なことではないか≫

ここでの「敵」とはもちろん北朝鮮のことである。つまり日本が北朝鮮に似てきたというのだ。日本側が自国民の拉致問題の重要性を強調することは日本を北朝鮮に似た国家にする、というのだから、牽強付会の屁理屈である。日本国民が北朝鮮に拉致された同胞の救出を求めることがけしからん、それは日本の北朝鮮化だ、いうのだ。日本国民をそんな邪悪な存在に例えることこそ、日本の悪魔化だといえよう。

 

その4につづく。その1その2。全5回。毎日11:00に配信予定。この記事は雑誌月刊「WILL」2016年7月号からの転載です)


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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