空気で裁かれる社会の息苦しさ
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
社会の中で、厳密に法が適用されるものとそうではないものがある。例えば、高速道路で1日車の速度を測定していれば相当数の車をスピード違反で捕まえることができる。けれども現状はよほどオーバーしない限りは数キロ程度のオーバーでは捕まることがない。
領収書の類もよくわからないところがある。会社員の人が会食をして領収書をきっているが、それが本当に社外の方と仕事のために必要な会合だったかどうかはよくわからない。
イメージしてみると、それぞれの人がそれぞれの立ち位置に立っている。中心点から3m離れている人もいれば、5m離れている人も、10m離れている人もいる。今までは一切触れられていなかったが、あることがきっかけとして6mより離れている人はアウトになる。
一斉に一人ずつ糾弾されていく。5mにいた人はホッと胸をなでおろし、気付かれないように3m地点まで下がる。6m地点にいた人は自分まで回ってこないのを願いながらまるで昔から5m圏内にいたような顔をしてすっと一歩後ろに下がる。
体罰問題が明らかになった時、けしからんという空気に世の中が染まったけれど、ほんの数十年前に人気ラグビードラマで指導者が生徒を殴るぞと言ってから殴り、人気野球漫画で体罰が行われていた。視聴率はずいぶん高かったらしい。
法ではなく空気で裁かれる社会では、空気が読めないことほど身を危うくすることはない。かくして空気を読む文化が生成されていき、空気が読めない人は排除され、徐々に人々は中心地だけで生きていくようになる。横の人はどこに立っているのか。自分だけ飛び出していないか。常に意識しないといけない。何しろ人とは違うところに立ってしまうと、いつ自分の後ろに線がひかれるかわからないのだから。
茶色の朝で、家のドアをノックされた時に家人は過去に飼っていたペットのことをどう考えたのだろうか。
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。