南シナ海仲裁裁判所裁定その1 中国猛反発
植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)
「植木安弘のグローバルイシュー考察」
■フィリピンの訴えの詳細
オランダ、ハーグにある常設仲裁裁判所は、7月12日中国の南シナ海における「九段線」に基づく権益主張に対し、これを否定する裁定を下した。
この仲裁裁判は、南シナ海の領海や漁業資源などで中国と争うフィリピンが求めたもので、領海線の確定を狙ったものではなく、国連海洋法に基づき、南シナ海における排他的経済権益の範囲や中国の係争地域での建設作業や漁業が海洋法で許容される範囲のものであるかどうかが争われた。
中国はフィリピンの訴えを違法として裁判所の管轄権を否定するとともに、その裁定には従わないことを表明している。しかし、中国の主権主張の根拠を否定する仲裁裁判所の裁定は、この地域での領土問題に大きな政治的インパクトを与えるものとみられる。
フィリピンの訴えは大きく分けて4つあった。第一は、中国の「九段線」が国連海洋法の下で中国の「歴史的権益」とみなされるかである。第二は、中国とフィリピンが権益を主張する海洋の諸形態が、島か、岩か、干潮時に海面上に現れる、あるいは満潮時に海面下となる岩礁なのかどうかである。その判断によって、それから得られる海洋での権益の範囲が決まることになる。
第三は、南シナ海における中国の行動や建設事業、漁業が海洋法の下でフィリピンの主権と行動の自由を侵害するものかどうかである。そして、第四は、この仲裁が始まってから、中国の南沙諸島における大規模は埋め立てや人工島建設といった行動が係争を違法に悪化させ、長引かせることにつながっているかである。
中国は、この仲裁は受け入れていないことを明確にしながらも、この係争を扱った仲裁小法廷に対して書簡を送り、南シナ海を巡る係争は領海主権の問題であるため、海洋法で扱われる範囲を超えるものであること、中国とフィリピンはこの係争は二国間交渉で解決することに合意しているため、一方的に仲裁を求めたことは国際法の義務違反であること、そして、フィリピンの訴えは二国間の海洋での国境線引きにあたるため、仲裁の範囲を超えるものであること、を主張している。
中国は、2006年に海洋法に基づく宣言の中で、海洋での国境線引きに関する係争は強制的仲裁や他の義務的解決の手続きで争われない、と通告している。
仲裁小法廷は、中国もフィリピンも国連海洋法を批准しており、中国の仲裁裁判不参加自体は海洋法の係争解決に関する条文から判断して、仲裁裁判所の管轄権を否定するものではないとした。また、中国の係争の対象が領海主権や線引きに関わるものだとする見解に対して、フィリピンの訴えは自国の排他的経済水域によって影響を受ける問題であり、海洋法の範囲のものであるとした。中国の歴史的権利主張は「九段線」の中の資源に対するものであって、南シナ海の水域に対するものではない、との見解を示した。
(その2に続く。全2回)
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この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。