激烈なネガティブ・キャンペーン 米大統領選クロニクルその12
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
アメリカの大統領選は激烈なネガティブ・キャンペーンとなってきた。ネガティブ・キャンペーンとは文字どおり、候補者が自分の政策や長所を語るかわりに、対抗候補の弱点や欠点の攻撃に徹する選挙戦手法のことである。「否定的」つまり、「負」に集中するキャンペーンだといえる。
いまの民主党ヒラリー・クリントン氏と共和党ドナルド・トランプ氏、両候補の戦いの主戦場はまさにこのネガティブ・キャンペーンである。たがいの悪口のぶつけあいこそ2016年アメリカ大統領選の最大の特徴ともいえるようなのだ。
クリントン氏はトランプ氏を「人種差別主義者」とか「無知」と断じる。トランプ氏もクリントン氏を「ウソつき」とか「腐敗し破綻した政治家」とやり返す。とくにクリントン陣営では「この選挙をトランプ氏の欠点への国民投票にする」と豪語するほどである。
クリントン氏の側にも多々ある欠点や難点に対する議論を避けるためにも、まずトランプ氏の負の部分を徹底して論じようという戦略だといえる。だからこれから白熱する本番選挙は過激で乱暴な言葉での応酬がエスカレートしていくだろう。
アメリカ大統領選でのこうしたネガティブ・キャンペーンの歴史は実はとても長い。最も有名な実例のひとつは1964年に民主党現職のリンドン・ジョンソン大統領が挑戦者の共和党バリー・ゴールドウォーター上院議員に対して使ったネガティブ宣伝である。
東西冷戦の真っ最中、アメリカとソ連の核戦争の危機までが懸念された当時、ジョンソン陣営は小さな少女が野原で花びらを一枚ずつ数えながら摘んでいき、その少女の声が核ミサイル発射のカウントダウンと重なって、爆発の光景で終わる、というテレビコマーシャルを流した。
ソ連への強硬策を唱えるゴールドウォーター氏が大統領になれば、こんな核戦争が起きるぞと警告のプロパガンダだった。だがその効果は絶大で、ゴールドウォーター候補は大敗した。
私が実際に取材した前回2012年の大統領選では本番選挙でのネガティブ・キャンペーンの最初のテーマはイヌとなった。共和党のミット・ロムニー候補が一家で夏休みのドライブ旅行をした際、ペットのイヌを車内におかず、車の屋根に据え付けた箱に入れて、10時間以上もドライブをしたという話をオバマ陣営が批判的に大きく宣伝したのだ。ペット虐待として報じたのである。
ところがこの時はロムニー陣営はただちに「オバマ氏は少年時代にイヌを食べていた」と反撃した。オバマ氏は実際に1990年代に出版した自伝でインドネシアに住んだ少年時代にイヌの肉を食べていたことを明記していたのだ。オバマ陣営もこの反撃にたじろぎ、イヌ論争はすぐに止めてしまった。
核戦争の危機からペット虐待まで、アメリカ大統領選でのネガティブ・キャンペーンには多彩な歴史が存在するのである。今回もまた低次元、低俗のテーマも含めて、はなばなしいネガティブな戦いが繰り広げられているのだ。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。