中国の台湾戦略、そして尖閣戦略は その4 斬首作戦もありうる
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中国は台湾攻略で斬首作戦や核威嚇を使い、米日への圧力を強化する可能性がある。
・核威嚇により、日本やグアムの米軍基地も標的となり得る。
・米国の核報復が問われる中、日本も対応に苦慮する状況になる。
トシ・ヨシハラ「中国側は台湾に対するこの種の複雑な作戦を上陸作戦と組み合わせることもできるのです。これらはみな中国側内部で実際に考えられている選択肢です。
さらに軍事作戦の極端な実例としては、台湾首脳部を標的とする斬首作戦もありえます。この方法は『首を斬る』という表現そのまま、台湾の総統など政治首脳部を狙って抹殺するわけです。その標的が台湾軍の首脳という場合もあります。この方法は米軍がイラクのサダム・フセイン大統領を狙って2002年ごろから手をつけた『衝撃と畏怖』作戦にも似ています。
この斬首作戦はミサイル攻撃でもありうるし、台湾内部にひそんだ『第五列』とも呼べる秘密工作員による暗殺でもありえます。また台湾軍はかねてから中国の影響工作、浸透工作の対象となっており、有事に中国側に協力する幹部も出てくるかもしれない。政治指導部の命令に従わない軍幹部がいるかもしれない。このへんは中国側がかねて推進している心理作戦、軍政離反工作の領域です。
もうひとつ中国が狙うと思えるのは『逆ゼレンスキー作戦』とでも呼べましょうか。ウクライナがロシアの侵略に抵抗してこれほど効果的に戦ってきたのはゼレンスキー大統領という若手ながらカリスマ性にある指導者のお陰が大きいでしょう。国際的な支援をこれほど得た理由でもあります。台湾もその種のカリスマ性のある最高指導者がいるかいないかで、中国の攻略の成否が分かれるでしょう。だから中国としてはその種の人望のある台湾指導者を消そうとするわけです」
古森義久「中国が台湾にそうした多様な手段の攻撃をかけた場合、アメリカや日本は判断が難しいという状況は簡単に想像がつきますね。台湾の総統が突然襲われたが、台湾海峡には異常がない、という場合、それが中国の台湾攻撃なのかどうか。台湾支援の軍事行動をとるべきか否か。簡単な認定はできませんね。日本側での混乱や当惑も想像がつきます」
ヨシハラ「いずれにしても台湾自身が中国への反撃に対して明確に、かつ断固として戦うという保証がなければ、アメリカ側の世論は台湾有事への軍事介入という政策に賛成しないかもしれません。
さらにもうひとつ、中国側には大きな武器があります。それは核兵器使用の威嚇です。中国が台湾攻撃に着手し、アメリカが軍事介入を考慮する段階で人民解放軍が短距離、中距離の核兵器を動員する動きをみせることです。そして日本に対してもこの核恫喝は向けられます。中国側は核兵器の臨戦態勢を高める。あるいは台湾海峡方向へと配備を動かす。さらには中国の国営テレビでその核兵器の動きを報じる。米側の情報収集は優れているから、その種の核の動きは公開されなくてもすぐ察知できます。
中国の明確な意思がその段階では不明でも、発せられる警告は明らかです。もしアメリカや日本が台湾有事に介入すれば、小型にせよ核兵器を台湾海峡で使うかもしれない、あるいは日本国内やグアム島の米軍基地を中距離核兵器の標的とするかもしれない。だから台湾有事への軍事介入は止めろ。アメリカ本土を撃つわけではないから、本格的な米中全面戦争ではない。中国側はこんな核威嚇を発する可能性があるのです。
とくにいまの中国は、日本やグアム島に届く中距離核ミサイルではアメリカよりもずっと優位に立っています。アメリカはソ連との中距離核戦力破棄の条約で東アジアでも地上配備の中距離核ミサイルは廃棄したままだからです」
古森義久「この核論議は台湾有事をも超えて日米同盟の本質部分にもかかわってきますね。日米同盟の米側の拡大核抑止策では、日本が核の威嚇、あるいは攻撃を受けた際はアメリカは必ず核の報復をすることになっている。しかし、現実に台湾有事の延長で万が一にも中国が日本を核攻撃した場合、アメリカは中国に核攻撃を加えるかどうか。もしそうなれば、中国はアメリカ本土に核の報復をするかもしれない。東京への核攻撃に対して中国に報復し、その結果、ロサンゼルスが核攻撃を受けてもよいのか、ということになる。
実際に中国の一部の将軍はそうした仮定の脅しを米側にかけたことがあります。台湾有事への介入を防ぐためです。日本に対しても2021年7月には中国内部の軍事専門家集団が『中国軍は日本が台湾有事に軍事介入すれば、日本への核攻撃に即時に踏み切る』という戦略をまとめた動画を中国全土に拡散したことがあります。約6分ほどのこの動画はアメリカやインドのメディアでも報じられ、中国当局は禁止としました。
しかし中国側には核先制不使用、つまり戦争になっても自国から最初には核兵器を使わないという公式の対外宣言にもかかわらず、実際には非核の日本に対しても核攻撃をするというシナリオを政府が許容する形で発表する土壌があるのです。日本の官民はこの種の核攻撃の脅しを受ければ、右往左往して、台湾支援どころではなくなるでしょう。日本がまだ直接の軍事攻撃を受けていない段階でも、そうなりうるのです」
*この記事は雑誌「月刊 正論」2024年11月号に掲載された古森義久氏の論文の転載です。
トップ写真:台湾建国記念日に出席する頼清徳総統(左から2番目)2024年10月10日台湾・台北 出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。