中国の沖縄での秘密工作とは その3 在日米軍の能力を弱める3戦術
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
しかし中国側からすれば、その「正当な傑出した立場」の構築や達成にはアメリカ、とくにアジア駐留の前方展開の米軍の存在が最大の障害となる。この点の中国側の軍事的な認識を米中経済安保調査委員会の同報告書は以下のように総括していた。
「中国軍幹部たちは、アメリカが中国の正当な進出を阻もうとして、その中国封じ込めのためにアジアの北地域では日本と韓国、南地域ではオーストラリアとフィリピンを拠点とする軍事基地システムを築き、グアム島をその中核とし、中国深部を長距離の戦略兵器で攻撃ができるようにしている、とみている」
だからこそ中国にとってはアメリカがアジアで構築してきた一連の同盟関係とその軍事態勢は有事平時を問わず、敵視や反発の主対象となるわけである。
同報告書は中国側のそのアジアでの米軍の能力を弱めるための対米、反米そして対アメリカ同盟諸国への非軍事的手段の基本的な特徴について以下のように解説していた。
「中国人民解放軍の最高幹部たちは各種の論文で『戦争は単に軍事力の競合ではなく、政治、経済、外交、文化などを含めての総合的な競い合いだ』と繰り返し主張している。つまり政治、経済、外交、文化などの非軍事的要因が軍事作戦を直接、間接に支えなければ勝利は得られないという考え方なのだ。だから米軍のアジアでの中国のかかわる紛争への介入を阻むためには単に軍事力だけでなく、アメリカの政治システムや同盟相手の諸国の対米依存や対米信頼を弱めるための外交、情報、経済などのテコが必要となる。その種のテコには貿易協定や友好外交などから賄賂的な経済利権の付与も含まれてくる」
つまりは非常に広範で多様な手段による米軍の能力削減、そして同盟の骨抜きという意図なのである。中国側のその種の意図による具体的な活動が前述の三戦術「関与」「威圧」「同盟分断」だというわけなのだ。その三戦術のうち対沖縄工作が含まれた「同盟分断」を詳述する前に「関与」と「威圧」について報告書の概略を紹介しておこう。
【関与】
「中国はタイやパキスタンとの経済協力を深め、軍事協力へと発展させ、中国海軍の現地での港湾使用などで、米軍に対する軍事能力を高めている。オーストラリアやタイとの合同軍事演習を実施して、両国のアメリカとの安全保障協力を複雑にする。韓国との経済のきずなを強めて、安保面でも韓国のアメリカとの密着を緩める」
【威圧】
「中国はフィリピンとのスカーボロ環礁での衝突の際、フィリピン産バナナの輸入を規制した。日本との尖閣諸島近海での衝突の際はレアアース(希土類)の対日輸出を規制した。いずれも経済的懲罰という威圧行動だった。尖閣付近では海警の艦艇の背後に海軍艦艇を配備し、軍事力行使の威圧をかける。中国はベトナムの排他的経済水域(EEZ)での一方的な石油掘削作業でも軍事的な威圧をした。この種の威圧はいずれも米軍の抑止力を減らす意図を持つ」
(その4に続く。全5回。毎日午前11時配信予定。本連載は月刊雑誌「正論」2016年9月号からの転載です。その1、その2も合わせてお読み下さい。)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。