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.政治  投稿日:2017/1/4

朝日新聞と久米宏の天皇発言政治利用 その4


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

■プロパガンダのピエロ

しかも久米宏氏はこの同じラジオ番組で自分が天皇制には反対だと明言していた。反対だと否定する存在の「発言」を憲法改正への反対という自分自身の政治主張の補強に利用するところにも久米氏の久米氏らしい特徴がある。

同じ8月27日の番組では同氏は以下の趣旨の発言をしていた。

「僕は天皇制にはやや疑問を持っています。天皇制には賛成ではないのです。ですがいまの天皇、皇后は大好きです。ファンなのです」

天皇制に反対であるならば、その反対の対象の言動など、無視するのが自然だろう。だが自分たちの政治主張には格好の武器だということから、「大好き」などという情緒的な表現でまぶして、利用するということだろう。天皇陛下のお立場を思うと、ご自身の存在を否定する側にご自身の言葉を都合よく利用されるというのは、なんともお気の毒な事態である。

興味あることに、久米氏は自分の放送のなかで天皇陛下の立場について次のようなことも語っていた。

「天皇には言論の自由も参政権もないのです。その意味では基本的人権が与えられていないのです」

だから当然、政治的な言動も一切、とってはならない、という意味である。久米氏はそのことを実はよく知っているのではないか。そのうえで現在の日本国憲法の改正に対して賛成か反対かという最も政治的な判断について天皇は実は反対であり、その反対の意を8月のテレビ発言で国民や政府に微妙に伝えたのだ、というきわめて政治的なメッセージを投げたのだといえよう。

他者の発言のこの種のゆがんだ解釈はアメリカのジャーナリズムではよく「spin(加工、紡ぎ出し)」などと評される。「天皇発言は実は改憲への反対という政治意見の表明だったのだ」というスピンである。

久米氏の主張やレトリックは以上のようにいかにも論理や客観性に欠けるナイーブな内容だった。だが朝日新聞はそんな久米氏の脇の甘い言葉を文字どおりの“よいとこどり”で切り取って、二重三重の政治利用をしているのだった。

朝日新聞のこの久米氏インタビューは前述のように合計10回もの連載だった。だから内容は多岐多様にわたっていた。久米氏は放送人なのだから当然、テレビやラジオ自体がテーマとなる部分が多くなるはずである。

しかし朝日新聞の連載では冒頭でまず第一に「天皇」そして「憲法」を持ち出していた。その両テーマだけを拡大して、久米氏のラジオ放送の内容をかけ橋にして結びつけ、憲法改正にはなにがなんでも反対という朝日新聞自身の政治的主張を都合よく支えさせているのだった。

結果として久米氏は朝日新聞の手の平で“改憲反対踊り”を演じさせられるプロパガンダ・ピエロとなったといえよう。朝日新聞からすれば、自分自身による天皇発言の政治利用という露骨な演出は巧妙に避けて、久米氏にその役割を演じさせたというわけである。

朝日新聞の菅沼記者は同じ連載インタビュー第1回の後半部分で久米氏の言葉として以下の内容をも紹介していた。

「フィリピンなど、かつての戦地にご夫妻で何度もいらっしゃる。あれは明らかに昭和天皇の贖罪の旅だ、と、ずっと思いながら見ていました。皇太子時代の家庭教師だったバイニング夫人は徹底したリベラルな人でしたから。全ての日本人のなかで一番リベラルなのは、いまの天皇だと思っています。国旗国歌問題の時に、『やはり、強制になるということではないことが望ましい』とおっしゃったことがあります」

戦争への贖罪、徹底したリベラル、国旗国歌問題などなど、朝日新聞の政治主張を「皇太子時代からのいまの天皇」のお考えと重ねあわせて正当化しようとする政治言語を久米氏に語らせているのだといえよう。自分たちの政治的見解に都合のよい久米氏の言葉を天皇にまでさかのぼらせて提示するという巧妙な手法である。だが不当な政治宣伝である。久米氏は朝日新聞のそんな政治宣伝にみごとに乗って、操り人形の役割を演じたように映る。

天皇の譲位に関する論議は今後もさらに続くことは確実である。その議論の熱気も具体性もさらに高まることだろう。そうした論議の前進の過程では天皇発言の政治的な利用だけは避けねばならない。そのための自戒は健全な民主主義国家の重要課題の決定では決して欠かせない要素であろう。(了)

(このシリーズ、全4回。その1その2その3も合わせてお読みください。この記事は月刊雑誌「WILL」「久米宏の『妄言』ダシに 朝日の姑息な『天皇利用』」2017年1月号掲載からの転載です。)


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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