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.国際  投稿日:2017/3/19

「トランプ氏税金不払い」は誤報


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・去年10月「トランプ氏税金逃れ」の見出し踊る。

・3月17日MSNBCがトランプ氏、合計3800万ドルの所

得税払ったと報道。

・朝日新聞は訂正報道するか?

 「アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏は税金を払っていなかった」――こんなニュースを読んだ人も多いだろう。

日本ではたとえば2016年10月2日の朝日新聞に載った「トランプ氏、18年間税金逃れか NYTが納税記録入手」という見出しの記事など、それだった。

この記事はニューヨーク・タイムズからの転電だった。【ニューヨーク=中井大助】という発信記事だった。その冒頭は以下のとおりだった。

≪米大統領選の共和党候補のトランプ氏(70)が1995年の所得税申告で、約9億1600万ドル(約928億円)の損失を計上していたことが1日、明らかになった。トランプ氏の納税記録の一部を入手した米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)が報じた。同紙によると、巨額の損失を計上したことで、18年間にわたって連邦所得税の納付を逃れられた可能性もあるという≫

要するにトランプ氏は税金を払っていないという報道だった。「可能性」とされているが、記事の後のほうに進むと、もうトランプ氏の税金不払いは事実として扱われていた。昨年の10月はじめといえば、アメリカ大統領選挙の盛り上がった時期である。

そのキャンペーンでもニューヨーク・タイムズの報道を基に民主党側のヒラリー・クリントン候補がテレビ討論会のときにまで、「トランプ氏は税金を払っていない」という非難を打ち上げた。日本でも識者たちが「所得税を払わない大富豪のトランプ候補」という批判の矢を放った。

ところがトランプ氏は実は所得税をきちんと払っていたということが3月17日、明らかとなった。MSNBCというテレビ局がトランプ氏の納税記録を入手したとして報じたところでは、同氏は2005年だけでも合計3800万ドルの所得税を税務当局に支払ったというのだ。同テレビの報道番組ではその証拠となる書類のコピーまでが提示された。その結果、他のメディアも「トランプ氏は実は所得税を多額に払っていた」と報じたのだった。

MSNBCというのは民主党寄りのテレビで、昨年の選挙中もトランプ氏に批判的な論調が多かった。そんなテレビ局がトランプ氏の納税の実態を報道したのだから、その情報の信憑性は高かった。

トランプ氏が2005年の税金を納めていたのならば、ニューヨーク・タイムズや朝日新聞の「18年にわたって連邦所得税を逃れられた可能性」というのはまちがいということになる。誤報とみなされても、しかたないだろう。

さてトランプ氏の税金不払いを一斉に報じた日本のメディアは、いや実はトランプ氏は税金を払っていたのだ、ということをどこまで報道するか。一風変わったジャーナリズム研究としてでも、観察してみたい。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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