迫りくる第三次世界大戦の危機
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米研究者が第三次大戦の可能性示唆
・原因は中露の軍事力拡大と米の弱体化
・危機回避の為に米軍事力復活が必要
■ブルッキングス研究所が鳴らす警鐘
「いまの世界は第二次大戦の終結以来、最大の危機を迎えた」―
アメリカの首都ワシントンでこんな重大な警告が注視を集め始めた。1945年の第二次世界大戦の終わり以来、保たれてきたアメリカ主導の自由民主主義の国際体制がいまや崩壊の危機に直面するようになった、というのだ。
現在の世界の危機を切迫感をこめて主張するのは、ブルッキングス研究所の上級研究員ロバート・ケーガン氏である。同氏は今年2月上旬発売のアメリカの大手外交雑誌「フォーリン・ポリシー」の最新号に「第三次世界大戦へと逆行する」と題する長文の論文を公表した。
ケーガン氏はアメリカ学界でも有数の国際戦略研究の権威とされ、歴代政権の国務省や国家情報会議などに政策担当の高官として登用されてきた。同氏は従来は保守派の論客とされてきたが、近年ではオバマ政権からも政府の諮問機関に招かれ、国際戦略情勢に関する政策提言などをしてきた。昨年の大統領選ではヒラリー・クリントン候補の外交政策顧問まで務めたことがある。
ケーガン論文は、第二次大戦終結以降の70年余、アメリカ主導で構築し運営してきた自由主義の世界秩序がいまや中国とロシアという反自由主義の軍事力重視の二大国家の挑戦で崩壊への最大の危機を迎えた、と指摘していた。その原因はソ連共産党の1991年の崩壊以後の歴代アメリカ大統領が「唯一の超大国」の座に安住し、とくにオバマ政権が「全世界からの撤退」に等しい軍事忌避の影響力縮小を続けたことだという。
■中国・ロシアの軍事的挑戦
ケーガン氏の論文は全体として以下のような骨子だった。
「世界は第二次世界大戦の終結から現在まで基本的には『自由主義的世界秩序』に依存してきた。この秩序は民主主義、自由、人権、法の統治、自由経済などを基盤とし、アメリカの主導で構築され、運営されてきた」
「しかしこの世界秩序はソ連崩壊から25年の現在になって、中国とロシアという二大強国の軍事力をも動員する挑戦により、崩壊の危機を迎えるにいたった。この両国は民主主義や自由の概念を受け入れないまま、いまの世界秩序の変革を求めている」
「中国は南シナ海、東シナ海へと膨張し、東アジア全体に覇権を確立して、同地域の他の諸国を隷属化しょうという野心がある。ロシアはクリミア併合に象徴されるように旧ソ連時代の版図の復活に向かおうとする。その両国ともその目的のために軍事力を使うことを選択肢に入れている」
「中国とロシアのそうした軍事的な脅威や攻撃を防いできたのはアメリカがその同盟諸国と一体となっての強大な軍事能力による抑止だった。だが中国もロシアもアメリカのその抑止力を弱体化するための対抗策を常に計画し、実行してきた」
「そのうえアメリカのその抑止力も近年はアメリカ自身の内外の多様な理由により、弱くなってきた。とくにここ八年のオバマ政権では大統領自身が対外的な力の行使をしないことを宣言し、実際の米軍の規模や能力も国防費の大幅削減ですっかり縮小した」
「アメリカの軍事面での抑止力がいざという際に発揮されない展望が強くなると、中国とロシアはともに軍事力を使って、自国の戦略目標を達成することへの傾斜を激しくする」
「その結果、いまの世界は中国やロシアの野望からの軍事力行使の危険がかつてなく高まってきた。だからいまや中国やロシアの軍事行動に対してアメリカが対応せざるを得ず、第三次世界大戦が起きる危険までがかつてなく高まってきた」
「中国やロシアの経済や政治での膨張に対してはアメリカなどの諸外国も柔軟に対応ができるが、軍事の領域では一方の膨張による現状破壊を止めるには軍事的対応での抑止の事前の宣言しか方法がない」
■トランプ政権下、軍事力復活が必要
ケーガン論文は以上のように、いまの世界が中国とロシアの軍事行動による地域的な戦争の危機を高めてきた、と警告するのである。たとえ世界大戦が新たに起きなくても、中国やロシアの軍事膨張の結果として自由主義的な世界秩序の崩壊もありうる。とまで述べるのだった。
ケーガン論文はこの危機への対策としてアメリカがトランプ政権下で強固な軍事能力を復活させ、世界戦略面でのリーダーシップを再発揮することをも提唱していた。ただしトランプ政権が米軍の再増強や「力による平和」策を宣言しながらも、世界での超大国としての指導権や安全保障面での中心的役割を復活させることにはなお難色をみせていることをも、同論文は指摘していた。
しかしその一方、ケーガン論文は今回の大統領選でトランプ氏を選んだアメリカ国民はオバマ政権の対外的な縮小・撤退の政策のためにいまの世界が危機を高めてきたという認識をも抱き、その批判的な認識がトランプ氏支持の有力な原因となったという見方をも示していた。
いまのアメリカ国民の多数派は自国の対外的な軍事介入をストレートに望むわけではないものの、アメリカの影響力の大幅後退やその衰退にも懸念を抱き、反対するというわけだ。
いずれにしてもトランプ氏はアメリカ内外のこうした非常事態下に生まれた異端の大統領だということだろうか。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。