都議選後こそ問われる有権者の目
安倍宏行(Japan In-depth 編集長・ジャーナリスト)
「編集長の眼」
スキャンダルに明け暮れた半年だった。
森友学園問題、加計学園問題、復興大臣の暴言、女性議員の秘書に対するパワハラ音声流出、稲田防衛大臣の資質問題、ワイドショーを賑わせない日はないくらいだった。
国民は呆れ、嫌気がさしてきたところに爽やかに誕生したのが「都民ファーストの会」だ。満を持して小池都知事が代表になり、自民、民進からの鞍替え組候補を抱えつつも清新さは失われず選挙戦を駆け抜けた。結果はご覧のとおりだ。
今年の前半といえば、北朝鮮がこれでもか、という程ミサイルを発射し続け、とうとうEEZに到達するものまで出て、危機感はMAXに。アメリカの空母や原子力潜水艦が日本海に展開する程の緊張状態だったにもかかわらず、日本国内は安倍政権のスキャンダルに明け暮れた。北朝鮮も中国も、そして韓国も内心ほくそ笑んでいただろう。
都議選は、自民党と官邸のオウンゴールとまで揶揄されたが、当たらずといえども遠からず。明らかに危機管理を誤ったと思う。森友学園問題しかり、加計学園問題しかり。かならずといっていいほど、籠池氏、前川氏が次々登場し、政権を痛烈に批判、その発言が連日メディアに取り上げられた。
考えてもみて欲しい。一般論だが、自分の尊敬する人を後ろから鉄砲で打つ行為はそうそう出来るもんじゃない。よほどの“恨みつらみ”が無ければ人はそうした行為に走らない。そこが一番のカギだと思っている。
「この野郎、今に見てろよ。いずれ吠え面かかせてやる!」と人が決意したとする。その深層心理にあるのは、往々にして、拭い去ることができない「屈辱」だ。相手に「侮蔑」され、耐え難い「屈辱」を与えた相手に一矢報いることが、その人の生きる目的になりうるということだ。
議員の女性問題しかり、秘書のパワハラ告発しかり、あらゆるスキャンダルは、“恨みを買って自分のアキレス腱を暴露される”というパターンが“王道”だ。
しかし、そんなことは政治家であるなら、だれでもわかっていることだろう。民間にいる我々ですら常識だ。だからこそ人間関係には細心の注意を払うし、何かまずいことがあればすぐに相手に謝るか、何らかの対応策を取るだろう。
しかし、安倍総理、官邸、自民党の幹部、都議会自民党は、違った。圧倒的な権力を持っていると己を過信し、なんでも思い通りになると勘違いしていたのではないか。
私はメディアを批判しだすと権力はジリ貧になると思っている。二階自民党幹事長が「落とせるものなら落としてみろ」と発言したが、本当に余裕あるときこうした発言は政治家の口から出てこない。焦りといら立ちが、自制心を壊すのだ。かつての民主党政権もそうだった。メディアをコントロール出来ると思っていたフシがある。その後あっという間に政権は瓦解した。
歴史は繰り返す。下野して謙虚になったはずの自民党が、再び権力を手にして5年近く。安倍一強体制をほしいままにした政権はどこか脇が甘くなる。野党勢力に攻め込まれた時の対応にそれが出る。相手を小ばかにし、真摯に答弁しない。適当にあしらえると思っている。それが国民から見て「不誠実」そのものであり、「何かを隠している」と、いらぬ邪推を掻き立てたのだ。
一連の疑惑を晴らしたいならごまかさずに本当のことを言えばよいのだ。しかし、彼らはそうしなかった。「何かおかしくないか?」と多くの国民は思ったことだろう。
メディアはそうした空気を見逃さない。読者が、視聴者が望んでいるのだ。政権批判を。だから止まらない。某女性議員の絶叫パワハラ音声等はまさしくワイドショーの大好物だ。あの音声は子供から大人まで耳に残って、今年の流行語大賞に輝くくらいの勢いだった。
それでいのだろうか?多くの国民がメディアの報道姿勢に疑問を抱いたに違いない。一方で、メディアというのはそういうものだ、と冷めた見方もあろう。売らんかな、もしくは視聴率至上主義の下、そうした“面白可笑しいネタ”を報じないことはあり得ない。それはわかる。
しかし、大事なことも同時に報じるべきではないのか。今回有権者は都議会自民党に“NO”を突きつけた。しかしその結果、ほぼ政治経験のない都民ファーストの会の議員が急増した。小池都知事の情報公開と都議会改革の姿勢に誰も文句はないだろう。しかし、議会が知事の方針にただ従うだけ、というのは都民の望みではない。
子育て、介護、地震対策、オリパラ費用の圧縮など、やってもらいたいことは山ほどある。正直豊洲か築地か、などさっさと決めて欲しい。いつまでも引っ張って無駄な金を使ってもらいたくないのだ。それが都民の偽らざる気持ちではないのか。
とりあえず、都民ファーストを信認しました。だから、あとはやるべきことをちゃっちゃっとやってくれ、ということだ。さて、そううまくいくか?
気になるのは都議会公明党の動きだ。今回都議選ではちゃっかり都民ファーストと共闘した。“機を見るに敏”とはことのことだが、豊洲市場移転問題一つとっても、小池知事の決断を公明党は100%支持できるのか?メディアは親小池勢力として公明党の議員を数に入れていたが、果たして知事と100%同じ方向に動くのか。そこを指摘しないで「小池勢力、議会過半」と報じるのはいささか無責任だと思う。私たちは、テレビや新聞の報道から一歩引いて政治を俯瞰する必要がありそうだ。
早速、民進党から離党者も出始めた。終わりの始まりなのかもしれない。自民党のおごりは、野党の怠慢と表裏一体だ。だから野党が分裂し、新たな勢力が誕生することを歓迎する。しかるべき緊張感が戻ってくるのなら、多くの有権者にとって望むところであろう。
自民党と安倍政権には、いずれ来る総選挙に向け、体制立て直しが急務だ。失った信頼を取り戻すには倍以上の時間がかかる。態度で示さない限り、国民から見透かされる。身内を庇うことを「情が深い」とは誰も思わない。「えこひいき」と思われるのがおちだ。そうならないように、人心に耳を傾け、襟を正さねば、長期政権は早晩、“砂上の楼閣”に終わるだろう。
そして、都民ファーストを勝たせた東京都の有権者は、今後も都政を監視し続ける義務がある。都議選の結果は、国政にも大きな影響を与えずにはいられないのだから。
トップ画像:大井町駅前にて、小池知事と河村たかし名古屋市長。©Japan In-depth 編集部
文中画像①:応援演説に駆け付けた安倍首相。©Japan In-depth 編集部
文中画像②:駅前で足を止め、演説に耳を傾ける人々。©Japan In-depth 編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。