調査報道メディア「ワセダクロニクル」編集長に聞く (下)
安倍宏行(Japan In-depth 編集長・ジャーナリスト)
「編集長の眼」
■メディアの自浄作用を期待したい
安倍:今、インターネットメディアの信頼が揺らいでいるじゃないですか。あのDeNAの問題とかどういう風にご覧になってました?
渡辺:問題外ですよね。ネットかテレビか新聞かとか以前の問題です。その最低限のルールというかですね。ネットだと印刷工場も電波塔もいらないし、安価でみんな発信できるのでやっちゃいますけど、そんな中でああいうことをやっていると、ネット自体がそういう目で見られてせっかくまじめにやっているところも一緒くたにそういうイメージにとられて。だけどテレビも信用できないし新聞も信用できないしというようになったらみんな何を信じるんだというふうな悪循環になっていると。
だから大事なのはやっぱり媒体が悪いんじゃなく、ニュース組織の問題であるので。何かあったらネット全体がああだとかいうのではなくて個別に、例えばDeNAならDeNAはだめだよとか、そういう評価になっていかないとあまりにも。ちょっとああいうことがあるとネット自体が否定されるというのは。媒体じゃなくて人の問題ですから。
安倍:そういうこともあった翌年に、さっそくワセダクロニクルの発足。象徴的な感じがして非常に興味深く見ているんですけども。ところで、記事の話に戻りますけど、かなり業界のタブーというか、これは本当に氷山の一角だと思うんですよね。第二弾、第三弾を期待してよろしいのでしょうか?
渡辺:それはもちろん。始めるからには用意して始めていますので。ただ調査報道なのでしっかり文書もとれて証言もとれてというものだけをやっていきますので。これからどこまで広がるかということに関しては、もしやっているメディアがあるとすれば、自浄作用を発揮してほしいですよね。
■誰のための調査報道か、原点を失ってはいけない
安倍:共同から抗議を受けてますよね。内容証明で来たんですか?
渡辺:いや、内容証明じゃなくて、配達証明じゃないですかね。まぁ抗議するのは自由。
安倍:訴訟になる可能性もありますよね。
渡辺:まぁ、訴えるのも自由ですから。別に我々は粛々と。ただ大事なのはメディア同士のけんかみたいな風に取られちゃうとどんどんどんどん読者が離れていってしまうので、そこの原点を見失わず行こうと。例えば抗議されてそれに対してアクションを起こしたて、とやっていくうちにどんどんプロレスみたいになっていって、最初なにやろうとしたんだっけ?ということになったらダメなので、そこは気をつけなきゃいけないなと。
あとそもそも確かに業界側から見たら「ステマ」という書かれ方をすると思うんですけど、我々は今回あえて「ステマ」という言葉を使わずに「買われた記事」というタイトルにしたというのは、これはやっぱり「ステマ」というのはマーケティング側の発想なんですよね。マーケティング側が営業上のルールを逸脱してしまったと、それはなしだろうというのが「ステマ」だと思うんですけど。
読者の立場に立った時にそれはマーケティングとかではなくてお金が絡んだ記事が自分のところに届くという、しかも今回は医薬品の記事・医療記事に絞っているんですよ。というのはやっぱり読者にとって、特に医療記事っていうのは患者さんが自分からすすんで、藁にも縋る思いで情報を探しているんですよ。そういうものに対してお金が絡んでいると。
「ステマ」っていうのは営業サイドに立っているわけですよ。それを立ち位置を変えて記事を書いたんです。とにかく今誰のために調査報道をやっているのかという原点を失っちゃいけないということで。既存メディアに風穴を新興メディアが開けるというような、そんな業界の話ではないですよね。そこはもう地道にまじめにやっていかないといけないなと思うんです。
■アクセルとブレーキ同時に思い切り踏む感じ
安倍:訴訟の話をちょっとしたついでなんですけど、ジャーナリストの書いた記事に対し、名誉棄損だなんだと抗議が来るのも覚悟の上ですよね?
渡辺:そのへんは今回はしっかり顧問弁護士を付けてですね、それで当然いろいろ協議したうえで(記事を)発射していますので。そこは気を付けないと、やっぱり、まぁ訴えられても勝てばいいわけですから。だから耐えるだけのものを相当こちらも準備をしている。
もちろん編集側の感覚としてここまでアクセル踏みたい、とかいろいろあるんですけれども、このへんはもうここでブレーキ踏みましょうとか。法律的な面で見たときにどうなのかというのは当然、いろんなシミュレーションをやったうえで、調査報道ですからやっぱり当局のせいというのはできない、自分たちの仕事で書いてますから。それは十分に対処している。
安倍:どこまでアクセルを踏んで、ここはちょっとブレーキを踏んでみたいな。
渡辺:調査報道で一番難しいのは、アクセルとブレーキを同時に思い切り踏みながら進む感じですよね。やっぱりただの“いけいけどんどん”でもだめだし、逆の立場になったときに、自分だったらこういう記事を書かれたらどういうリアクションを起こすのか、それに対してまた逆になったらということを、一人で両側の、矛盾、矛と楯じゃないですけど、それでも十分行けると思って始めて発射する。相当気を使っています。
■現在動いているのは6テーマぐらい
安倍:今のところ実際に取材に動いている記者は渡辺さんだけですか?
渡辺:いやいや、何人か、10人はいますので。あといろんなテーマを並行して取材しているので。これやって、またoからなにか次違うテーマを取材するわけではなくて、同時並行にやっとかないと。調査報道って計算できないので。ものにならないものもあるし。それは同時に並行して。10人がみんな今のテーマをやっているわけではなくて。
安倍:何テーマくらい動いているんですか?
渡辺:濃淡はすごいあるんですけど、6テーマくらいですかね。
安倍:結構動いてますね。
渡辺:ただ膠着するときは膠着するので、そこは時期によって。目標は毎日でも出したいですけど、そこはマンパワー的に、取材も追いつかないですし、インフラ、エンジニアの人とかも、いろいろ体制がちゃんと動いていない。
安倍:年間だいたいどれくらいの予算だったら回りそうですか?
渡辺:それは何人雇うかにもよりますけどね。すべてはそこですよね。とりあえずは取材に関わる経費が出ればいいかなと。給料はまだもうちょっと我慢してほしい。
安倍:今回の記事の準備期間はどれくらいあったんですか?
渡辺:今取材したやつは10か月くらいですけど。朝日新聞辞めたのが去年の3月なので4月から本格的に始めました。
安倍:そんなに時間たっていないですね。
渡辺:実際はもちろんまだ朝日にいるときから人集めであるとかタパとか夏休み使って視察に行ったりとか。そういう意味では準備期間もっと長いですよね。1年半くらい。
■誰かを糾弾するのではなく全体像を見せたい
安倍:評判はどうですか?新聞記事にもなったし、ネット上でも面白いっていうコメント結構多いですけど。感想とかきていますか?
渡辺:ありがたい感想が予想以上に多くて。
安倍:取材も殺到してます?
渡辺:結構多いですね。
安倍:逆にクリティカルな意見とかはありました?
渡辺:そんなには。あったとしてもだいたい当然我々も想定した上でやっていることなので。先ほどの抗議もそうですけど。抗議が来たからと言ってなんか中身が新しいことはなくて。それは我々の事前のやり取りで言っていることをまた同じことが来ているだけで。
共同は、社としては抗議しているわけですけど、現場レベルでおかしいんじゃないか、という声も上がっているようなので。組合とか。そこはそれこそ自浄作用に期待したいですね。だからあんまりもうそこが主眼ではないので我々は。
誰か一人どこかに悪い人がいて、その人を糾弾すれば終わるという話ではなく、やっぱりスポンサーがあって電通があって子会社があって、共同の子会社があって社団法人があって。一連の中で、ポンとここからお金を投入するとそのシステムを通ると出てくる金に紐づいた記事が出てくる、と。それぞれの段階でみんな担当者は自分の仕事をしているだけなのかもしれない。もちろん今回取材をした中で、社団の人も後ろめたかったとか、こういうことはない方がいいとか言っているわけですよね。
そういうただシステムの中の歯車の一つにいるだけ、それを全部自分が背負っているわけではなくて、だってあいつから頼まれたから仕事だと。そういう中で、なんか極悪人がどっかにいるというわけではなく、システムの中の歯車となってそれぞれがだんだん感覚がマヒしていってですね、やっているうちに、読者がそういう記事を読まされてしまうと。
だから構造とかシステムにちゃんとメスを入れないとやっぱりダメで。だから2回目の続報というのはやっぱり全体を見せたいと。だから一番最初に推進フォーラムがあって、そこに医者が看板使って、投入部から見えるように。点でとらえるのではなくて。
安倍:全体像をね。
渡辺:全体像。だからシステムにメスを入れてシステムを解体しないと同じ事はまた何回でも起こるので。だから犯人捜しみたいに、確かに行為をするのは人だけれども、誰かひとりあげつらってお前のせいだと言っているのは、ちょっとそれはピントがずれていますよね。
安倍:せっかく今、広告主とインターネットメディアでルールができつつあるのに、伝統メディアがそもそも自浄作用を効かせてないというのは残念な話ですよね。
渡辺:そうなんですよ。それと第一報でも書きましたけど、やっぱりかなり前からやっているっていうことですよね。こんなにネット上でステマが問題、といわれるもっと前からあったと。これから続報で今後報じていきますけども、相当根深いですよね。
■今はウェブメディアの過渡期
安倍:こういう調査報道に特化したメディアはあるんですかね日本に?
渡辺:どうかな、ちょっとぱっと思いつかないですよね。目指しているところはあるんじゃないかと思うんですけど。
安倍:インターネットのいいところって写真でも動画でも文字でもいくらでも載せられるじゃないですか。制限ないじゃないですか。
渡辺:それはもう圧倒的ですよね。何がいいって、動画載せられるのもいいんですけど、今回思ったのは、脚注を思う存分載せられるというのがあって。あれはずっとやりたかったんですよね。新聞でやろうと思うととてもじゃないけど(紙面が)足らないので。あれはすごくいい。要するに何を根拠に我々がそれをいっているのかっていうのをきちんと明示することができる。あれは定着させたいなと思っているんです。
安倍:伝統メディア、特に新聞ご出身だと思うんですけど。将来性あると思いますか?
渡辺:出た人が言うのは申し訳ないんですけど、どうかな、一般的に言えばそれは厳しいですよね。これは数字にも示されているように。ただ甘いのかもしれないけど、あれだけの人員を抱えて情報インフラをもって、あれだけ全国津々浦々、全国紙の場合ですよ、テレビ局の場合はネットワークですよね。そういうメディアってそんなに世界にないんじゃないかって。
確かに結構引き算の毎日なので戦々恐々というところがあると思うんですけど一方で、コップの水じゃないですけど、まだ半分あると思うんです。もう半分しかないと思うのもあると思うんですけど。あれだけの訓練を受けた記者を自前で抱えているところはそうないと思うんですよね。だからやりようによっては十分いろんな道があるんじゃないかなと。
やっぱりこうなってくるとプロとしての仕事ができるかどうかというのが一番の分かれ目だと思うんですよね。これだけ情報が誰でも発信できて、ポストトゥルースとか言われている時に、本当にプロの仕事が求められていて、その訓練を受けたプロの人たちをどれくらい抱えているかというのは結構強いと思うんですよね。僕は社長じゃないのでいくら言っても辞めちゃったんであれですけど。
安倍:先ほど伝統メディアから人がけっこう動いているっておっしゃいましたけど、まだまだ数としては微々たるものじゃないですか。もっと流動性が高まってきて、こっちの世界にもきて、ちゃんと食べていけるような感じにこの2年くらいでなっていけばいいなと思っているんですけども。そういう意味では伝統メディアに期待しつつも我々インターネットメディアがもっとどんどん力をつけていくことが必要だと思うんですよね。
渡辺:そうですね。過渡期ですね。
安倍:それは間違いないですね。第二弾第三弾、楽しみにしています。
渡辺:ありがとうございます。
《了。(上)の続き。全2回。このインタビューは編集長安倍宏行、編集部坪井映里香が2017年2月11日に実施したものです。》
*写真:ワセダクロニクル 渡辺周編集長©Japan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。