「日本は改憲せよ」トランプ弾劾案提出議員
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・民主党シャーマン議員が7月にトランプ大統領弾劾決議案提出。
・日本の識者の観測と違い、弾劾の実現可能性は低い。
・シャーマン議員、下院公聴会にて、日米安保の不均衡を指摘、憲法改正と防衛費増額を求めた。
■民主党ベテラン議員、大統領弾劾決議案提出
ワシントンでは連邦議会の民主党ブラッド・シャーマン下院議員が7月12日、トランプ大統領に対する弾劾決議案を提出したことがちょっとした話題となった。
大統領に辞任を迫る弾劾の手続きはまず下院で半数以上の賛成を得なければ、始まらない。いまの下院はトランプ大統領を支持する共和党が多数派だから、この弾劾決議案は前進する見通しはない。だからこそその決議案の提出は「ちょっとした話題」にしかならなかったのだ。
日本の大手メディアもこのシャーマン議員の動きを報じていた。新聞でもごく小さな扱いだった。この決議案への賛同はシャーマン議員のほかには同じ民主党議員ただ1人だけだったこともきちんと報道されていた。
日本側のいわゆるアメリカ通の“識者”たちの間では、もっぱら「トランプ大統領への弾劾が近づく」という観測がこのところしきりだった。だが実際に弾劾の決議案が公式に出てきても、アメリカでも、日本でもメディアの扱いはこんな程度なのだ。アメリカの国政の現状をみれば、当然の反応だろう。現実の弾劾がはるか彼方にあることの反映だろう。
周知のように、定員435人の下院ではいま共和党が過半数の240議席を占める。民主党は194議席に過ぎない。トランプ大統領はその共和党が公式に指名した候補なのだ。だから民主党が大統領弾劾を実際に進めるには過半数の218議員の賛同が必要となる。現在では24議席も足りないわけだ。だから弾劾手続きが進む見通しはいまはないといえるのだ。日本の識者の見解とアメリカの政治の現実との間にはかなりの距離があるといえよう。とくに目新しい現象ではない。
■シャーマン議員日本に「改憲」求める
さてその弾劾案を出したシャーマン議員とはどんな人物なのか。
民主党内では超リベラル派、トランプ政権への反発も激しい。そのシャーマン氏はカリフォルニア州の選出、当選11回のベテランでもある。だがそのシャーマン議員が日本の憲法についてきわめて明確で強固な意見を再三、述べてきたことは日本側ではほとんど知られていないだろう。その日本憲法論は憲法改正論なのである。
私はシャーマン議員が日本に対して憲法の改正を求める声をあげるのを少なくとも2回、アメリカ議会で直接に聞いたことがある。
「日本は日米同盟により有事にはアメリカに助けられるのに、自国は憲法を口実にしてアメリカを助けはしない。そんな憲法ならば、改正すべきだ」
シャーマン議員がこんな激しい発言をしたのは今年2月28日だった。アメリカ連邦議会の公聴会が舞台だった。下院外交委員会のアジア太平洋小委員会が開いた公聴会である。トランプ政権下での新議会では日本関連の初めての公聴会でもあった。
シャーマン議員はこの小委員会の民主党側筆頭議員である。そのときのテーマは「中国の海洋突出を抑える」とされていた。南シナ海と東シナ海での中国の無法な膨張をアメリカはどう抑えるべきか、が審議の主題だった。だがそれに関連して日米同盟や日本の防衛のあり方までが論題となった。その過程で民主党側議員を代表するシャーマン議員が日本に関連して次のような発言をやつぎばやにしたのだった。
「日本は憲法上の制約を口実にアメリカの安全保障のためにほとんどなにもしないのに、アメリカは日本側の無人島の防衛を膨大な費用と人命とをかけて引き受けるのは理屈に合わない。日本側はこの不均衡を自国の憲法のせいにするが、かといって、『では憲法を変えよう』とは誰もいわない」
「2001年9月の9.11同時多発テロ事件でアメリカ人3千人が殺され、北大西洋条約機構(NATO)の同盟諸国は集団的自衛権を発動し、アメリカのアフガニスタンでの対テロ戦争に参戦した。だが日本はアメリカを助ける軍事行動は憲法を口実になにもとらなかった。その時、『日本はもう半世紀以上もアメリカに守ってもらったのだから、この際、憲法を改正してアメリカを助けよう』と主張する日本の政治家が一人でもいただろうか」
シャーマン議員が「日本側の無人島」と呼ぶのはもちろん尖閣諸島のことである。トランプ政権が尖閣も日米安保条約の適用範囲に入ると言明してすぐのこの発言はそのトランプ政権の政策への反対表明だった。ただし日本が憲法を改正し、集団的自衛権を行使できるようにすれば、日米同盟の不公正が減り、アメリカが尖閣を守ると誓約してもよいだろう、というわけだ。
■日本の防衛費増も求める
シャーマン議員は次のような発言も重ねた。
「アメリカなどが国際的な紛争を防止して、平和を保とうと努力するときでも、日本は血も汗も流さない。憲法のせいにするわけだ。日本の防衛費はGDPの1%以下だ。アメリカは3.5%、NATO加盟諸国は最低2%にするという合意がある」
そしてシャーマン議員は「日本が防衛費をGDPの1%以内にするというのは、それも憲法上の制約のためなのか」と証人たちに質問までをぶつけていた。同議員は以前にも日本の憲法が日米同盟を阻害しているから変えるべきだという議会証言をしていた。
日本側でもこんな事実があることをこの際、知っておいてもよいだろう。
*トップ写真:出典)ブラッド・シャーマン議員HP
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。