トランプ大統領の実績伝えぬメディア
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・トランプ氏が大統領に当選して1年1ヵ月、就任してから11ヵ月が過ぎた。
・日本主要メディアの「トランプ政権は崩壊」との予測が外れたのは、反トランプ勢力の米主要メディアや民主党側の発信に依存したため。
・トランプ大統領の北朝鮮政策、中国政策に米国内に反対や糾弾は少ない。経済も好調だが、米メディアは伝えない。
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2017年はまだ終わるには間があるが、ここらでこの1年のドナルド・トランプ大統領の実績の総括を試みてみよう。アメリカ政治史でも究極の型破りの指導者として異色の特徴を刻むトランプ氏が大統領に当選してすでに1年1ヵ月、就任してからは11ヵ月が過ぎた。
混乱や動揺が続いたトランプ政権はなお内外の激しい逆風を浴びながらも国内の従来の支持層を堅く保って、公約に掲げた政策の多くをしたたかに実現しつつある。この数日ほどをみても公約の大型減税案を議会上下両院の了承をほぼ得たようだ。
その直前にはトランプ大統領は中東問題に関連して「エルサレムはイスラエルの首都だ」という公式宣言をして、イスラム諸国から激しい反発を浴びた。だが当のアメリカ国内では珍しく超党派の賛成を集めた。その一方、上院議員選のアラバマ州での特別選挙ではトランプ大統領みずからが支援した共和党候補が敗れた。同州は本来、共和党の強力な地盤があったから、トランプ氏にとっては手痛い挫折だった。こんな現況の揺れをみても、いかにもトランプ氏らしいところだといえよう。
▲写真 エルサレムの嘆きの壁を訪れたメラニア・トランプ米大統領夫人 2017年5月22日 flickr The White House
さて日本の識者とかアメリカ通とされる人たち、さらには主要メディアの多くの言に従えば、トランプ氏はもうホワイトハウスにはいないはずである。日本の主要メディアでは「トランプ大統領は退任へ」「トランプ政権は崩壊」という予測が大手を振ってきたからだ。「トランプ大統領は『ロシア疑惑』で弾劾され、辞任する」という託宣も頻繁だった。
▲写真 ジャレッド・クシュナー米大統領上級顧問 flickr Chairman of the Joint Chiefs of Staff
だがそんな事態は起きてはいない。トランプ大統領は辞任どころか、ますます活発に動いている。この種の誤断の原因はアメリカ政治の構造の基本への理解不足でもあろう。だがそれより大きな原因は日本側のメディアなどが米側の反トランプ勢力の主要メディアや民主党側の発信に依存したことだろう。
ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビといった年来の民主党支持のメディアはトランプ政権の負の部分だけを集中的に、拡大、誇大という形で報じる。円滑に進む側面には光をあてない。トランプ政権の政策も全般に客観的には伝えないという姿勢がほとんどなのだ。
▲写真 ニューヨークタイムズ本社 出典:Wikimedia
さてそのトランプ大統領の動きで日本にとっての優先関心事といえば、やはり11月の日本はじめアジア各国の歴訪だろう。ワシントンではこの歴訪を共和党側が明確な成功と総括する一方、民主党側でも意外と批判は少ない。この歴訪でトランプ政権の対アジア政策の骨格が形をみせた。
その特徴の第一は日米同盟の重視の再確認である。トランプ大統領はとくに安倍晋三氏への信頼や期待を強調した。個人同士の相性という次元を越えての日米間の緊密な協力を訴え、目前に迫る北朝鮮の核やミサイルの脅威に対してもまず日米連帯を力説した。
▲写真 赤坂迎賓館で鯉の餌やりをする日米両首脳 2017年11月6日 出典:首相官邸
第二は「インド太平洋」戦略の宣言である。
アメリカの従来の安全保障面での東アジア政策をインドにまで広げ、東南アジアやオーストラリアという民主主義国家の有志連合により「国際規範の順守」や「法の支配」「人権尊重」を拡大するというのだ。そのホコ先は明らかに中国だった。
▲写真 日米合同演習 出典:Commander, U.S. Pacific Fleet
第三は、アメリカ自身の経済面での利益追求だった。安全保障面での日本や韓国との連帯とはまた別に、経済、とくに貿易面では二国間の赤字を減らし、アメリカの国益を優先する。中国に対しても北朝鮮問題での協力要請とは別に不公正な貿易慣行の是正を強く迫る、という政策である。
▲写真 日本車を運搬する自動車船 Photo by Garitzko
以上のように、これまで不透明な部分も多かったトランプ政権のアジア外交が全体像をみせ始めたといえるのだ。その政策の支えとしてはオバマ政権とは対照的に軍事力の増強を明確に打ち出していた。
トランプ政権はアジアでも中国の軍事膨張を抑えるための抑止力強化の具体策までを明らかにした。大統領のアジア歴訪中に、米海軍の巨大な航空母艦が三隻、西太平洋で航行していたことは象徴的だった。
中国に対してトランプ大統領はベトナムでの演説で「法の支配」「航行の自由」「国有、国営企業の不公正」という言葉で批判を明確にした。大統領のこうした発言をたどり、南シナ海での米海軍の「航行の自由」作戦の実施ぶりや、通商代表部の中国の不正貿易慣行の調査、そして米議会での超党派の中国非難などをみると、決して「対中取引」外交ではなく、厳しい対決の姿勢が浮かびあがる。
▲写真 「航行の自由作戦」でフィリンピン海を航行するUSS William P. Lawrence(DDG-110)2016年3月30日 出典:USNI News
▲写真 中国が埋め立てて軍事基地化しているFiery Cross Reef 2015年9月 出典:USNI News
トランプ大統領はアジア歴訪中、どの国でも北朝鮮の核武装への動きを非難し、その阻止策について語り続けた。いまのアメリカにとって、そして日本を含むアジア全体にとっても、北朝鮮の核兵器と長距離ミサイルの脅威こそ最も切迫した重大危機となっているという現実への認識の反映だろう。
▲写真 北朝鮮のICBM 火星15号 出典:CSIS Missile Defense Project
トランプ大統領は9月の国連総会演説でも北朝鮮の核問題を取り上げ、「北朝鮮の完全な破壊」をもたらす「軍事オプション」の存在をも強調した。だがなお当面は非軍事の経済制裁などの強化を進める政策の継続をも宣言した。
同大統領のこうした北朝鮮政策、さらには中国政策にはアメリカ国内でも意外なほど反対や糾弾は少ない。トランプ叩きに徹する民主党系のワシントン・ポストなども「中国に圧せられた」という程度の批判だった。ヨーロッパや東南アジアの諸国をみても、同意をみせたといえる。
国内政策ではトランプ大統領はオバマ前大統領のリベラル、「大きな政府」、国際協調重視の諸政策をすべて覆す姿勢を強めている。リベラル派、民主党系の反対は激しく、国民一般でも支持率は40%前後と、きわめて低い。だが本来のトランプ支持層での支持率は非常に高い。
トランプ政権下のアメリカでは政治では対立が深くなるが、経済は好調である。成長率、就業率、株価などいずれも記録破りの右肩上がりなのだ。だが民主党系の大手メディアはそれをほとんど報じない。トランプ大統領の統治ぶりは主要メディアのプリズムだけでは、正確に評価できないようなのだ。
トップ画像:トランプ米大統領 Photo by Gage Skidmore
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。