米記者、トランプ報道で錯乱
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・米ジャーナリスト大御所、トランプ報道で「記者の一部は感情的に錯乱」と発言。
・発言はウォーターゲート事件でニクソン政権の不正暴いたボブ・ウッドワード氏。
・メディア界長老の指摘は、米メディアの健全性を示している。
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「トランプ大統領について報道するアメリカ人記者の一部は感情的に錯乱している」
———こんな辛辣な批判がアメリカ人記者の超ベテランから表明された。1970年代のウォーターゲート事件で時のニクソン政権の不正をあばき、大統領を辞任にまで追いこんだ調査報道の元祖ボブ・ウッドワード氏が最近、ニューズウィーク誌に語ったのだ。その発言が3月中旬、複数の他のメディアによりいっせいに報じられた。
▲写真 ボブ・ウッドワード氏 flickr : LBJ Library
ウッドワード氏はウォーターゲート事件当時に所属していたワシントン・ポストで同僚のカール・バーンスタイン記者とともに積極果敢な調査報道にあたった。両記者は民主党本部に侵入して、盗聴などを図った犯人たちの共和党ニクソン政権へのつながりを次々にあばき、民主党側の議会での弾劾に勢いを与えて、1974年8月にはニクソン大統領を辞任にまで追いこんだ。
▲写真 カール・バーンスタイン Photo by Larry D. Moore
その結果、ウッドワード、バーンスタイン両記者の仕事ぶりは調査報道の模範のように賞賛された。両記者は一種のヒーローともなり、その活動は映画化までされた。
そのウッドワード記者は40余年後のいまもワシントン・ポストに勤め、副編集長の地位にある。そしてこのほどニューズウィークのインタビューに応じて、最近のトランプ報道への感想を述べたのだという。各紙誌でも報じられたそのウッドワード発言の内容は以下のようだった。
「トランプ政権についての報道では、一部の記者たちはときおり感情的に錯乱している。MSNBCテレビとかFOXニュースをみると、トランプ大統領をいつもけなしているか、ほめているかだ。正しい答えはその真ん中にあるはずだ。記者たちは個人的な政治意見を排さなければならない」
「記者やメディアがあまりに政治的になってしまうことは破壊的だ。個人の感情はより多くの取材の努力に向けられるべきで、自分の気分や結論に注がれてはならない。とくにテレビの論評では独善やうぬぼれがよくみられる。記者や評者が大統領をあざけっているのだ」
「私たちがニクソン大統領について報じたときは、いまとはとても異なる時代だったとはいえ、大統領をあざけるような語調は報道には決して取り入れないようにした。なによりも事実はなにか、という点に徹底したつもりだ」
今回、報じられたウッドワード氏の発言は以上だった。この言葉を読むと、一見、トランプ大統領への中傷と礼賛との両方の行き過ぎを批判しているようにも解釈できる。だが、さらによく読むと、その批判の真のホコ先はトランプ大統領への「あざけり」報道に向けられていることが明白となる。
この点には深い含蓄も感じられる。なぜならウッドワード記者がいまもなお副編集長を務めるワシントン・ポストこそ、きわめて激烈なトランプ大統領糾弾の報道で一貫しているからだ。ワシントン・ポストはトランプ氏に対しては大統領選挙キャンペーン中から攻撃に攻撃を重ねてきた。その新聞の中枢にいるウッドワード氏がトランプ大統領を感情的になって錯乱したように叩くことはよくない、と述べるのだからおもしろい。
自省をこめて行き過ぎを認めるのか、あるいはウッドワード氏が自分の新聞の基調に反対なのか。いずれにしてもいまのアメリカ主要メディアの長老がこんな感想を述べることは、かえってアメリカ・メディアの健全性を示すのかもしれない。
トップ画像:Flickr The White House
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。