拉致問題、核ミサイルから切り離せ
高橋浩祐(国際ジャーナリスト)
【まとめ】
・北朝鮮が拉致被害者再調査を約束した日朝ストックホルム合意に立ち戻れ。
・拉致問題と核ミサイル問題を切り離して北朝鮮と協議せよ。
・外交戦略を見直し、果敢に拉致被害者を取り戻す努力を。
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「悪い癖を捨てない限り、1億年たってもわれわれの神聖な地を踏むことはできない」「日本はすでに解決した拉致問題を持ち出して再び騒いでいる」――
北朝鮮の国営メディアがこのところ、日本批判をぐっと強めている。米中韓露に外交攻勢をかけ、日本批判を展開する北朝鮮に対し、日本政府は今後、拉致問題でどのように対応していくべきか。2つの点を指摘したい。
1つ目は、北朝鮮が拉致被害者らの再調査を約束した2014年の日朝ストックホルム合意に立ち戻ることだ。北朝鮮は翌2015年に再調査報告書をまとめた。しかし、日朝関係筋によると、日本政府はそれを受け取っていない。内容を知っているのに、未だに受け取っていない。その理由としては、拉致被害者が既に死亡しているなど、日本によって厳しい内容が含まれているからだとみられる。
しかし、北朝鮮の報告書を拒絶し続けるばかりでは、拉致問題が今後も何年も前進しないことになりかねない。この際、北朝鮮が提出してきた再調査報告書の内容そのものを「受け入れる」のではなく、それを「検証する」と言って受け取り、日朝交渉を再開させるべきだ。そして、その北朝鮮の報告書に日本独自の反論材料や証拠を突きつけながら、拉致問題の協議を進めていくべきだ。
日本政府のなすべき2つ目の対応として、今後は拉致問題と核ミサイル問題を切り離して北朝鮮と協議することを提案したい。日本政府はこれまでずっと「拉致・核・ミサイル」を一括パッケージにして包括的な解決を目指してきた。しかし、残念ながら、日本には北朝鮮相手に核ミサイル問題をめぐる安全保障絡みの強い外交交渉力はないので、日本人拉致問題は、米国による北との核ミサイル協議よりも、常に後回しになってしまう。北朝鮮に対しても、事実上、米国や韓国による核ミサイル問題の協議を先行させ、日本の拉致問題を後回しにしてもよい国際的な状況を許してしまっている。
日本政府はこれまでずっと、拉致>核>ミサイルの優先順位で北朝鮮と対峙してきた。しかし、実際は拉致問題より核ミサイル問題が国際政治の場で優先的に協議されているため、核>ミサイル>拉致の順になってしまっている。つまり、核ミサイル問題が解決するまでは拉致問題の解決のめどがつかない由々しき事態に陥っている。
日本政府が拉致・核・ミサイルのパッケージ方式での包括的な解決にこだわっているからこそ、2002年に拉致被害者5人が帰国して以来、16年間、拉致被害者は1人も帰ってきていないのではないか。
たとえ6月12日の米朝首脳会談で、大まかな非核化宣言や朝鮮戦争終結宣言が高らかにうたわれようと、これまでの歴史を振り返れば、核査察や非核化の検証をめぐる具体的な手段で、今後も米朝が決裂する可能性は少なからず残されている。北朝鮮の完全非核化への道は険しい。このため、日本政府はそろそろ、拉致と核ミサイルを切り離し、人道主義的な立場から拉致を先行的に解決していくべきではないか。
米国は2009年8月にクリントン元大統領、2010年8月にカーター元大統領、14年11月にクラッパー国家情報長官をそれぞれ訪朝させ、米国人の拘束者を北朝鮮から連れ帰った。日本人拉致被害者の家族は高齢化し、近年では逝かれる方も多くなっている。核ミサイル問題の解決を待つのではなく、本来なら緊急性を持って、あくまで人道上の措置として北朝鮮に救出を訴えていくべきだ。
▲写真 ジミー・カーター元大統領 出典:U.S. National Archives
▲写真 ジェームズクラッパー国家情報長官 出典:flickr LBJ
「北朝鮮に拘束された米国人3人の解放は大きなニュースだ。ただ、米国にとって北朝鮮の核開発と人質の解放は別の問題。人質解放のために核問題で譲歩することはありえない」。2012年11月から約2年間北朝鮮に拘束された米国民、ケネス・ベー氏は5月11日付の朝日新聞朝刊のインタビュー記事でこう述べている。同氏も、人道問題と核問題を切り離して考えている。
▲写真 解放後記者会見するケネス・ベ―氏(右)at Joint Base Lewis-McChord, Wash. 2014年11月8日 出典:Joint the Air Force : U.S. Air Force photo/Staff Sgt. Russ Jackson
安倍首相は日中韓サミットで、拉致、核ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、北朝鮮が正しい道を歩むのであれば、日朝平壌宣言に基づき、不幸な過去を清算し、国交正常化を目指すとの考えに変わりないとの方針を改めて示した。しかし、繰り返すが、これだと、核ミサイル問題が解決するまで、いつまでたっても拉致問題が解決しない。拉致問題や核ミサイル問題の解決を「入り口」にしないで、交渉の成果によってもたらされる「出口」にするようにして、交渉に臨むべきではないか。米国も事実上、従来の方針を覆し、北が非核化をしていないのにかかわらず、交渉に入ったのだから。
確かに、日本の元外交官らの間では、今でも拉致・核・ミサイルの包括的な解決を目指す声が多い。例えば、元外務審議官で、日本総合研究所国際戦略研究所の田中均理事長は11日付の朝日新聞のWEBRONZAへの寄稿で、「日本の利益は核・ミサイル・拉致の包括的解決」と指摘。「まず核・ミサイル問題で突破口を開かない限り拉致問題で北朝鮮が歩み寄ってくるとは考え難い」と述べている。
しかし、核ミサイル問題で北朝鮮相手に実質的な交渉を行っているのは日本ではなく、米国だ。いつまでも米国の核ミサイル交渉の行く末を待って、拉致問題の解決を目指していいものか。日本の外交当局は過去16年間、1人の日本人拉致被害者を帰還させることができなかった原因をどのように見ているのか。
政治は結果がすべて。言葉だけなら何でも言える。トランプ大統領は就任1年4カ月で、米国人学生オットー・ワームビアさんを含めれば4人を連れ戻した。国民の生命、財産を守るべき日本政府はこの間、何をしてきたのか。
▲写真 オットー・ワービムアさん 出典:LinkdIn
拉致被害者や家族の身の上を案じ、もっと主体的に緊急性を持って行動すべきではないか。これまでの外交戦略を見直し、受動的ではなく果敢に拉致被害者を取り戻す努力をすべきだ。
トップ画像/アメリカ人拉致被害者帰国を歓迎するドナルドトランプ米大統領(2018年5月10日) 出典:The White House
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この記事を書いた人
高橋浩祐国際ジャーナリスト
英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。