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.国際  投稿日:2018/9/28

トランプ娘婿主導の中東外交の危うさ


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2018 #39」

2018年9月24-30日

【まとめ】

トランプ政権発足直後から中東政策仕切る娘婿ジャレッド氏。

・米中東政策「対イラン強硬政策とイスラエル・サウジアラビア枢軸への傾斜」となった。

・マティス長官が辞任すれば、ジャレッド主導の中東政策に歯止め効かなくなる恐れ。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42185でお読みください。】

 

先週は3泊5日という駆け足の強行軍でワシントン、シアトル、サンフランシスコを回ってきた。帰国後は25日に年に一度のCIGS講演会が入っている。昨晩はほぼ徹夜でスライドを作成していたのだが、飼い猫が体調を崩す等筆者の仕事環境も悪化したため、まだ完成していない。本番まで数時間しかないが、どうなることやら。

訪米中にトランプ政権暴露本を購入し、ざっと目を通してみたが、現在の米外交政策混乱の根深さには今更ながら驚かされる。筆者の関心は中東と中国なので、今回はワシントンポスト紙ウッドワード記者最新刊「FEAR」に基づき、トランプ政権の中東・中国政策の現状を概観する。

▲写真 “Fear”by Bob Woodward 出典:amazon

▲写真 ボブ・ウッドワード記者 出典:パブリックドメイン

米の対中、対中東政策は意外に一貫している。中国は本年7月に北京でアラブ諸国代表との会合を主催し総額200億ドルの融資や1億ドルの資金援助を発表したり、国連安保理でパレスチナ問題解決に関する提案を行うなど、最近中東における関与と存在感を強めているが、その対中東政策には一定の限界があるようだ。

一方、トランプ政権発足直後から中東政策を一貫して仕切ったのはトランプの娘婿ジャレッドだった。オバマ政権時代の「対イスラエル関係見直しと対イラン関係重視」は180度変更され、今や基調は「対イラン強硬政策への先祖返りとイスラエル・サウジアラビア枢軸への傾斜」となった。対中強硬論については今更言うまでもないだろう。

正統派ユダヤ教のクシュナー家はイスラエルのネタニヤフ首相と家族ぐるみの友人であり、ジャレッドは早い段階から当時サウジの副皇太子だったムハンマド・ビン・サルマン(MbS)とも直接連絡を取っていた。

▲写真 ネタニヤフ首相 出典:パブリックドメイン

▲写真 ムハンマド・ビン・サルマン氏 出典:photo by Mazen AlDarrab

ジャレッドは当初から「最大の懸念はイランの影響力拡大であり、米国が中東で関与を続けるためにはサウジとイスラエルを支援する必要がある」と主張していた。当時のティラソン国務長官やマティス国防長官らが疑問を呈する中、大統領の娘婿は政権内で新大統領の初外遊先をサウジとすべく暗躍した。マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官は「誰の仕業だ」と激怒したそうだ。

▲写真 ハーバート・マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官 出典:U.S. Army Public Affairs

暴露本によれば、クシュナー夫妻を最も目の敵にしたのはバノン首席戦略官だった。クシュナーはバノン等に不利な情報をメディアに流す常習犯だったし、イヴァンカはホワイトハウスでの彼女の振る舞いに苦言を呈したバノンに、「私はスタッフなどではなく『大統領令嬢(First Daughter)』よ」と言い放ったそうだ。

▲写真 左からイヴァンカトランプ氏、ジャレッドクシュナー氏、ドナルドトランプ大統領(2018年6月17日父の日に合わせて投稿された写真) 出典:イヴァンカトランプ氏 Instagram

暴露本によれば、中東政策に関し最も重要な役割を果たしてきたのはマティス国防長官だ。中東での経験の長い同長官は中国よりもイランに強い懸念を有している。同長官は、シリアのアサド大統領暗殺を求めた大統領指示などの無理難題を見事に黙殺しつつ、大統領には強く反対も意見もせず、忍耐強く仕事をしている。

逆に言えば、万一、マティス長官が辞任に追い込まれれば、これまで大統領の下でジャレッドが主導してきたオバマ中東政策の「意趣返し」的大転換に歯止めが効かなくなる恐れがあるかもしれない。今週は講演会があるのでこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ画像:ジャレット・クシュナー米大統領上級顧問(右から2番目)とイバンカ・トランプ米大統領補佐官(一番右)、イスラエル・ネタニヤフ首相夫妻(左から2番目と3番目)と。2018年5月14日米大使館エルサレム移転記念式典にて 出典 在エルサレム米大使館


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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