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.国際  投稿日:2018/9/5

瀕死の中東和平プロセス


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2018 #36」

2018年9月3日-9月9日

【まとめ】

・米がUNRWAへの資金拠出中止。「難民帰還権」断念が目的か。

・米の中東和平「善意の仲介者」役放棄でパレスチナ問題解決不能に。

・イスラエルの生存権も脅かし、中東和平プロセスは瀕死の状態。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41826でお読み下さい。】

 

先週8月31日、トランプ政権が国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出の中止を表明した。昨年12月のエルサレムをイスラエルの首都と認定する決定、今年5月の米大使館のテルアビブからの移転に次ぐ、和平プロセスへの大打撃となることは間違いない。アラビストの筆者としては実に歯痒い思いがする。

日本メディアでの取り扱いは小さいが、欧米では大きなニュースだ。米国からの報道によれば、これを決めたのは先月行われた大統領の娘婿Jクシュナー氏とMポンペイオ国務長官との協議の席だったという。国務長官は支出金の急激な削減に難色を示したようだが、クシュナー氏はこうした反対論を押し切ったそうだ。

▲写真 左から順にクシュナー氏、ポンペイオ国務長官、トランプ大統領、イヴァンカ氏、ペンス副大統領(2018年5月2日 於:米国務省)出典:米国務省flickr

他の報道によれば、クシュナー氏は「我々の目標は現状維持ではあり得ない。時には目的達成のため戦略的に物事を破壊することも必要である “Our goal can’t be to keep things stable and as they are,” “Sometimes you have to strategically risk breaking things in order to get there.”」とも述べたそうだ。事実なら大問題だろう。

これを日本語では「贔屓の引き倒し」という。親しく思う相手に良かれと思ってやったことが逆にその相手を窮地に陥れることもある。クシュナー氏の真の目的はパレスチナ自治政府や一般大衆に「難民の帰還権」なる幻想を抱かせないようにすることなのだろうが、こうした圧力でパレスチナ側が帰還権を断念するとは到底思えない。

▲写真 米のエルサレムへの大使館移転に抗議してフェンスを壊すパレスチナ人 ガザ地区 2018年5月14日 出典:Voice of America

欧米の報道は、失うものをまた一つなくしたパレスチナ側の米国やイスラエルに対する反発が更に高まると見ているようだが、それは結果に過ぎない。今回の米国の動きの最大の問題は、中東和平プロセスで「善意の仲介者」の役割を果たしてきた米国が、そうした役割を事実上放棄し、パレスチナ問題の解決を不可能にすることだ。

パレスチナがPLOとハマースに分裂し、交渉相手がいなくなったことは事実だろうが、それでこの問題を解決しなくてよいことにはならない。むしろ、問題解決が長引けば長引くほど、イスラエルの生存権が脅かされることになるだろう。そのことを正確に理解するイスラエル人は少なくないはず。中東和平プロセスは瀕死の状態だ。

 

〇 欧州・ロシア

西欧は今週から本格的な活動再開かと思ったが、EU関連の閣僚会議がいくつかあるものの、本格的な外交活動をしているのはドイツ外相のトルコ訪問ぐらい。まだまだ、欧州のバケーションは続くのだろうか。それとも、今週は偶然大きな動きがないだけなのか。

 

〇中東・アフリカ

7日、シリア情勢についてロシア・トルコ・イラン首脳がイラン北西部のダブリーズで会合を開く。ロシアとイランは仕方ないとしても、トルコがこうして米国から距離を置きつつ、イランとロシアに接近する状況は隔世の観がある。トルコには他に選択肢がないのか。エルドアン大統領は自国の利益を益々害しているような気がするのだが。

 

〇東アジア・大洋州

米大統領は11月の米・東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議、東アジア・サミット、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席しないそうだ。代理でペンス副大統領が出席するらしいが、トランプ氏は昨年も、APECと米ASEANの両首脳会議には出席したものの、東アジアサミットは欠席している。実に困ったことだ。

 

〇南北アメリカ

故マケイン上院議員の葬儀にトランプ氏は招かれなかったが、イヴァンカ夫妻は参列していた。その間、トランプ氏はゴルフに出かけたという。これが現在の米国内政の実態かと思うと、ぞっとするではないか。失礼だが、中南米諸国じゃあるまいし、トランプ氏の米国の体たらくは救い難いレベルに達してるようだ。

▲写真 トランプ大統領とカナダ・トルドー首相夫妻 2018年6月8日 G7サミットで 出典:Official White House Photo by Shealah Craighead

一方、外交面でトランプ氏は、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を巡り、8月末までにカナダと合意できなかったとして、議会に対し、メキシコとの2国間協定を進める意向を通知したという。トランプ氏はカナダのトルドー氏が余程嫌いなのか、それとも何かカナダ側に別の理由があるのか。これが日本でなくて良かったとつくづく思う。

 

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ画像:就任後初の外遊で「嘆きの壁」を訪れたトランプ大統領(2017年5月22日)出典 The White House Facebook


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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