財政検証、参院選後に先送り
八木澤徹(日刊工業新聞 編集委員兼論説委員)
【まとめ】
・厚生労働省「財政検証」の公表を参院選のため延期。
・安倍政権下で実質賃金・全要素生産性(TFP)は予想を下回った。
・将来の年金給付水準の議論から目を背けるべきではない。
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政府は5年に1度、公的年金の将来見通しを確認する、厚生労働省「財政検証」の公表を7月の参院選後に先送りする。前回は6月に公表されており今回も同時期に公表されるとみられていたが、政府・与党は参院選への影響を避けるため公表を遅らす。
公的年金問題については、「公的年金だけでは老後資金が2000万円不足する」とした金融庁報告書に野党の批判が集中。財政検証でも将来の給付水準の目減りが見込まれている。
財政検証は2004年の年金制度改革で義務づけられた。5年に1度におおむね100年間の公的年金の健全性をチェックするほか、「男性の現役世代」の平均手取り収入に対する「夫婦二人世帯」の厚生年金の給付水準である「所得代替率」を示す。
国民民主党、立憲民主党など野党は参院選までの公表を求めていた。厚労省は「検証が終わり次第、結果を公表する」としていたが、6月26日までの国会会期中に示さなかった。
現在の代替率は62.7%。安倍晋三首相は19日の党首討論で「将来の所得代替率5割を確保していく」と述べた。前回の検証でも43年度は50.6%に低下するといった8パターンが示されている。ただ、最悪の試算では36年には代替率が50%まで低下し、年金額は4万円も減る。
このケースでの実質賃金の伸び率は0.7%の伸びを前提に想定されている。しかし、安倍政権の6年間での実質賃金は逆に0.6%のマイナスだった。
▲写真 安倍首相 出典:首相官邸Twitter
また、生産性向上などを示す全要素生産性(TFP)は0.5と予想していたが17年の実績値は0.3。今回の検証ではさらに厳しい経済前提が予想されるほか、厚生年金の対象を拡大したケースや、働いて一定の収入がある60歳以上の年金を減額する「在職老齢年金制度」の縮小・廃止した場合の影響も検証する。
財政面での立場から財務省も危機感を抱く。毎日新聞の報道によると、財務相の諮問機関である財政審議会(財政審)も「将来世代の基礎年金給付水準が前回改定時の想定より低くなることが見込まれている」と意見書の原案に盛り込まれていたという。マクロ経済スライドは機能を十分に発揮せず、さらに賃金水準が上がっていないことから将来の年金給付水準も下がる、という訳だ。
だから、「投資信託などの金融商品を利用した自助努力をしろ」という理屈に行き着く。問題は原案でのこれらの表現が意見書では削除されている点だ。麻生太郎財務相兼金融担当相が金融庁の「公的年金だけでは老後資金が2000万円不足する」とした報告書を受けとらないとした件も同じ構図だ。
連合の神津里季生会長は6月20日の中央執行委員会後の会見で、「言語道断だ。年金だけでは老後の生活は成り立たないことはわかっているが、議論から目を背けるべきではない」と非難した。その上で「対策を政策に反映させるべきだ」とし、参院選で国民の信を問うべきだとした。
▲写真 神津里季生 連合会長 出典:神津里季生Twitter@rikiokozu56
厚労省は財政検証を受けて年金改革に着手する。20年の国会に関連法案を提出する考えだが、検証の公表が参院選後にズレ込めば争点のデータが曖昧なまま選挙戦に突入することになる。
もう一つの争点は消費増税。連合は、公的年金など社会保障制度維持の必要性から今年10月に予定されている消費増税に賛成の立場だ。5月31日に相原康伸事務局長が自民党の岸田文雄政調会長に要望書を手渡した。一方、連合が支援する立憲民主党や国民民主党は延期を求めており、参院選に向けた野党共闘に影響する可能性がある。
トップ写真:庁舎 出典:Wikimedia Commons; っ
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この記事を書いた人
八木澤徹日刊工業新聞編集委員兼論説委員
1960年1月、栃木県生まれ。日刊工業新聞社に入社後、記者として鉄鋼、通信、自動車、都庁、商社、総務省、厚生労働省など各分野を担当。編集委員を経て2005年4月から論説委員を兼務。経営学士。厚生労働省「技能検定の職種等の見直しに関する専門調査会」専門委員。
・主な著書
「ジャパンポスト郵政民営化40万組織の攻防」(B&Tブックス)、「ひと目でわかるNTTデータ」(同)、「技能伝承技能五輪への挑戦」(JAVADA選書)、「にっぽん株式会社 戦後50年」(共著、日刊工業新聞社)、「だまされるな郵政民営化」(共著、新風舎)などがある。