迷走、在職老齢年金制度見直し
八木澤徹(日刊工業新聞 編集委員兼論説委員)
【まとめ】
・政府、70歳までの雇用確保を企業に義務化する方針固める。
・厚生年金額を減らす「在職老齢年金制度」見直しは迷走中。
・現状維持なら年金財政、労働力確保問題双方大きな改善見込めない。
政府は70歳までの雇用確保を企業に義務化する方針を固め、これを受け厚労省は在職老齢年金制度の見直し作業を行っているが、働いて一定の収入がある人の厚生年金額を減らす「在職老齢年金制度」の見直しが迷走している。
厚生労働省は今年10月の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の年金部会で減額の対象となる月収を「62万円超」とする案を示したが、「年金財政を圧迫する」「高齢者の格差が拡大する」などの反発を受け、11月の年金部会で「51万円超」に修正した。さらに現在、政府・与党はこれを現行の「47万円超」を維持する方針を固め、結局は現状維持になりそう。
一方、60歳から64歳は現行の「28万円超」から「47万円超」に引き上げる方針だ。ただ、厚生年金の満額受給年齢は近く65歳以上からとなることから、効果は限定的なものとなる。
2013年施行の改正「高齢年者雇用安定法(高年法)」で65歳までの雇用確保が義務づけられた。企業には「定年制の廃止」や「定年の引き上げ」、「継続雇用」のいずれかが求められている。
厚労省が公表した19年「高年齢者の雇用状況」によると、今年6月時点で65歳までの雇用措置がある企業は99.8%だった。
「66歳以上も働ける」企業の割合は前年比3.2ポイント増の30.8%。「70歳以上」も同3.1ポイント増の28.9%で、「定年を廃止」した企業も同0.1ポイント増え2.7%となった。
ただ、労務行政研究所が今年10月までに行った高齢者の処遇に関する実態調査によると、65歳以上以降の雇用制度の導入について「すでに制度がある」と回答した企業は2割弱にとどまっている。また「制度を導入する予定はない」とした割合が4割を超えた。
来年4月からは正社員と再雇用など非正規社員との待遇差の禁止を盛り込んだ「同一労働同一賃金」制度が導入される。正社員と非正規社員との非合理な待遇格差を原則禁止する制度だが、中小企業にも2021年4月から適用される。
「定年年齢を引き上げた(引き上げる予定を含む)」割合は7.9%。定年年齢は「60歳」が91.6%を占めるが、「定年年齢を変更していない」は91.2%に達する。
定年後の正社員に対する継続雇用の形態では「再雇用制度のみ」が91.4%を占め、再雇用および定年後も同じ条件で働く「勤務延長の両制度」は3.6%にとどまった。
少子高齢化で若年労働力確保が困難になる中、高齢者の活用に企業の関心が高まっている。高齢者の労働参加は人口減に直面する日本にとって大きな課題だ。在職老齢年金制度の見直しは、働く意欲がある高齢者を現役にとどめ年金の支え手側に回すのが狙いだ。
しかし、「現状維持」となれば年金財政、労働力確保問題双方とも大きな改善は見込めない。高齢者と若者、基礎年金と厚生年金に加え企業年金を受けとる高所得者と低賃金で働く高齢者の溝は深いのだ。
トップ写真:談笑する高齢者(イメージ) 出典)pxhere
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この記事を書いた人
八木澤徹日刊工業新聞編集委員兼論説委員
1960年1月、栃木県生まれ。日刊工業新聞社に入社後、記者として鉄鋼、通信、自動車、都庁、商社、総務省、厚生労働省など各分野を担当。編集委員を経て2005年4月から論説委員を兼務。経営学士。厚生労働省「技能検定の職種等の見直しに関する専門調査会」専門委員。
・主な著書
「ジャパンポスト郵政民営化40万組織の攻防」(B&Tブックス)、「ひと目でわかるNTTデータ」(同)、「技能伝承技能五輪への挑戦」(JAVADA選書)、「にっぽん株式会社 戦後50年」(共著、日刊工業新聞社)、「だまされるな郵政民営化」(共著、新風舎)などがある。