コロナ拡散で習近平体制危機
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米、コロナウイルス拡散は習近平体制の失態と認識。
・米研究員はコロナ拡大が習主席の統治能力不足の証明を強調。
・感染拡大は『第二の武漢革命』の可能性。
中国発のコロナウイルス感染症の世界各国で爆発的な広がりにつれ、アメリカではこの現象を共産党独裁の根本的な欠陥の露呈ととらえる見方が強くなってきた。今回の伝染病の異様な拡散がとくに習近平体制の失態と危機とみなす認識だといえる。コロナウイルスは全世界の中国への見方を変え、中国を実際に弱くするという見解でもある。
つまりはこの感染症を公衆衛生の危機だけでなく中国という国家のあり方に連結させて習独裁体制を非難する反応だといえる。そうした反応の代表例を紹介しよう。
アメリカのスタンフォード大学フーバー研究所のアジア問題の権威マイケル・オースリン研究員は大手紙ウォールストリート・ジャーナル紙2月7日付に「ワシントンから武漢まで、すべての視線が習近平に」と題する論文を発表した。
▲写真 マイケル・オースリン氏 出典:Flickr; U.S. Naval War College
同論文の趣旨はコロナウイルス感染を中国共産党政権の独裁の弱みの露呈だと断じるとともに、その感染拡大は習近平政権に内外での危機を招き、同政権の存続が問われるにも至りかねない、という主張だった。
オースリン氏の同論文は「習近平氏は自分の能力の評判が危機に瀕したことを知っている」という脇見出しでうたったように、今回のコロナウイルス感染症の爆発的な広がりが習近平主席や同政権にとっての内外での重大な危機をもたらした、と指摘していた。
オースリン氏はアジアの歴史や政治を専門とし、エール大学の教授やワシントンの大手研究機関AEIのアジア担当主任研究員などを務めてきた。著作も多く、日本を含む東アジアの研究では全米的に知られる学者である。
オースリン論文は冒頭で1911年に今回の感染症の発生地の武漢でやがては清朝の打倒につながった辛亥(ぼしん)革命の第一段階の武昌蜂起が起きたという歴史上の事実をあげて、今回の武漢でのウイルス事件も同様に中国の時の支配権力を倒しうるという大胆な「歴史上の類似」を記していた。
そのうえでオースリン論文は以下の骨子を述べていた。
●武漢の感染症の広がりについて警告を発し、そのために政府から懲罰を受けた李文亮医師の死は、習近平政権がこの疾患を隠して、国民の生命よりも社会の支配を優先することに対して国民を激怒させた。
●感染症の急拡大は共産党政権が習体制下でさらに弾圧、秘密、排外を強めたことが大きな原因となった。習氏は権力の独占を強め、カルト的な独裁体制を固めてきたが、今回の感染症拡散では疾患に効果的に対応できないという意外な弱点を暴露した。
●感染症拡大は中国の国内では政権の無対策や閉鎖性への国民の怒りを増し、政府の統治能力への国民の軽蔑を招いた。習氏自身がそのことを認識し、実際の革命が迫ってきたような切迫感や懸念を強めている。
●感染症は国際的には中国への居住や留学、そして中国との経済取引の安全性の欠落を印象づけた。その結果、中国のグローバルなイメージは決定的に変わり、多数の諸国は中国を国際秩序への脅威とみなすだろう。
オースリン氏は以上のように今回のコロナウイルスの感染症が中国の国家としてのあり方への基本的な疑問を突きつけただけでなく、習近平主席自身の統治能力の不足の証明となった側面を強調していた。そしてさらに以下のような諸点を述べていた。
●習近平氏自身は現状を中国の現体制自体への危機であり、脅威だとみなし、革命が起きかねないとみている。そのため武漢だけでなく湖北省全体の約5000万の住民を事実上、封鎖する措置をとった。
●習主席は国内で自分の地位を固め、対外的にはアメリカと対決するなど野心的な言動をとってきたが、今回の事件でその基盤となる国家の弱さが露呈し、世界の対中観を変えつつある。その間、習氏自身は公式の場から後退し、責任を逃れるかのような言動をみせた。
▲写真 習近平主席 出典:ロシア大統領府
オースリン氏は習近平氏と同政権へのこのような厳しい評価を下しながら、論文の最後で「感染症の広がりは習政権にとってより不吉な効果を引き起こしかねず、『第二の武漢革命』の可能性も否定すべきではない」と結んでいた。アメリカ側で現在の中国共産党政権に対する、こうした根幹的な否定総括が出てきたことは注視せざるをえないだろう。
こうした非難の標的となり、国際的にも苦境に追い込まれた習近平主席をまもなく国賓として招くという日本政府の計画の不適切さはあまりにも明白だろう。
トップ画像:マスクをして買い物に走る武漢市民 1月22日 出典:Chinanews.com / China News Service
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。