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.国際  投稿日:2021/2/1

バイデン大統領「中国ウイルス」呼称禁止


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

バイデン新大統領中国武漢)ウイルス」呼称禁止の大統領令出した。

・保守派は、中国政府の責任を明確にする上で「中国」との呼称は重要と反論。

・バイデン政権の対中融和姿勢は日米国家安全保障にとって脅威になりうる。

アメリカのジョセフ・バイデン新大統領は中国の武漢で発生した新型コロナウイルスを「中国ウイルス」、あるいは「武漢ウイルス」と呼んではならないとする大統領令を出した。このウイルスを発生地名で呼ぶことは中国系などのアジア系アメリカ人への差別や憎悪を生む、という理由からだという。

だがアメリカ国内では中国の習近平政権の同ウイルス感染拡大の隠蔽工作への非難が強く、国際保健機関(WHO)の調査団がちょうどいま武漢での現地調査を始めた段階であり、バイデン大統領のコロナウイルスと中国との切り離しに近いこの措置はすでに激しい反対論をも招くにいたった。

▲写真 中国武漢に調査に入ったWHO 2021年1月30日 出典:Getty Images

バイデン大統領はトランプ政権の政策を逆転させる新政策を議会の承認の不要な大統領令によってつぎつぎに打ち出し始めた。1月26日にはコロナウイルス大感染の結果、中国発のウイルスのアメリカでの蔓延が中国系などアジア系米人、さらにはアメリカ領の太平洋諸島民に対する不当な偏見や差別を生んでいるという前提からその種の差別を非難する大統領令を発布した。同命令はアジア系市民らに対するコロナウイルスを契機とする「人種差別、外国人嫌い、非寛容を糾弾する」と述べていた。

ニューヨーク市などでは中国の武漢で発生したコロナウイルスの大感染に対して、アジア系アメリカ人を中国に重ねて非難するという不当な差別事例が報告されていたことを受けての措置だとされている。

バイデン大統領はその大統領令の一部として新型コロナウイルスの呼称に関する覚書を発表した。以下のような内容だった。

「コロナウイルス感染症に関してその起源の地理的な場所への言及を含む政治指導者の言動がこの種の外国人嫌いの感情を広める役割を果たしたことを連邦政府は認めねばならない。その種の言動がアジア系アメリカ人らへの根拠のない恐怖を煽り、言われのない汚名を広めて、いじめや嫌がらせ、憎悪犯罪を増加させたのだ」

以上の大統領覚書の結果、連邦政府各省庁の公式文書では「中国ウイルス」「武漢ウイルス」という表現はすべて使用禁止となる。コロナウイルスをその起源の地理的な場所によって言及するということは、明白に「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」という呼称を使うことを指していたからだ。

バイデン大統領の覚書にある「政治指導者」とは実名こそあげていないが、トランプ大統領やトランプ政権の高官であることは明らかだった。トランプ大統領はアメリカでのコロナ拡大が激しくなった2020年3月ごろから公式の記者会見でも「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」という言葉を使うようになった。ホワイトハウスの会見でも当初、用意された発表文草案の「コロナウイルス」という用語をあえて「コロナ」という部分を消して、「中国」という言葉に入れ替えた記録も残っている。

しかし国際的となった感染症の名称にその発生源の地名、国名を使うという慣行はこれまできわめて一般的だったともいえる。たとえば「スペイン風邪」「日本脳炎」「エボラ熱」「中東呼吸器症」などである。

バイデン大統領のこの措置に対して保守系の政治評論家ベン・ワインガルテン氏はニュース雑誌のニュースウィーク1月29日号への寄稿で激しい反対を表明した。「バイデン氏の『中国ウイルス』呼称禁止は国家安全保障への脅威の予兆だ」という見出しのこの論文は、国際的な感染症、流行病をその発生源の地名、国名で呼ぶことはすでに確立された慣行だと述べ、そもそも「中国」という国名は人種や民族を指していないから、人種差別、民族差別の理由にはならないと、主張していた。

ワインガルテン氏の同論文はさらに、中国発の新型コロナウイルスの場合、とくに中国政府の当初の情報の隠蔽や虚偽の情報拡散が国際的な感染を増大したという責任を明確にするうえでも、「中国」という呼称の使用は重要だと強調していた。同論文はさらにバイデン政権のこの措置は中国政府を最も喜ばせると指摘して、同政権がこんごトランプ政権のとった対中強硬政策をつぎつぎに撤回していくだろうとの予測をも打ち出していた。バイデン政権のこうした対中融和の姿勢はアメリカの国家安全保障にとっての脅威になる、という主張でもあった。

もしそうなれば、日本にも重大な余波が押し寄せることとなろう。

トップ写真:バイデン米大統領 2021年1月28日 出典:Doug Mills-Pool/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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