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.国際  投稿日:2020/4/7

新型コロナ金正恩体制に激震


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・安保理制裁と新型コロナウイルスで金正恩体制は大きな危機に。

・膨らむ対中貿易赤字。今年に入り対中貿易縮小と食料輸入激減。

・配給減で軍人の忠誠心低下。反乱恐れ軍を監督する組織を新設。

 

北朝鮮の金正恩体制は今、国連安保理制裁と新型コロナウイルス事態が重なり、大きな危機を迎えている。統治力に直接つながる外貨と食料が決定的に不足しているからだ。通常ならば国際社会に食料支援を求めるところだが、「新型コロナ感染者ゼロ」を誇示し「奇跡の国」を演じているためにそれもままならない状況となっている。

WHO(世界保健機構)やWFP(国連世界食糧計画)などは北朝鮮への制裁解除を主張しているが、北朝鮮からの積極的要請がないために、国際社会からの共感が得られていない。

 

北朝鮮の対中貿易赤字増大で外貨枯渇に拍車

韓国貿易協会が3月20日公表した報告書によると、2019年の北朝鮮の中国向け輸出は前年比10.8%増の2億1600万ドル(約235億円)だったが、中国からの輸入は16.8%増の25億8900万ドルだった。輸出額から輸入額を差し引いた収支の赤字は約23億7000万ドルと前年の20億2000万ドルよりも3億5000万ドル増加し、過去最大となった。

北朝鮮の対中国貿易赤字は、国際社会による北朝鮮制裁が強化された17年から昨年まで3年間の累積で60億7200万ドルにのぼる。その前の14~16年の3年間は累積赤字が17億200万ドルだったので、赤字額は約3.6倍に膨らんだことになる。この赤字は即北朝鮮からの外貨の流出を意味する。

▲写真 中朝国境。中国・丹東のホテルから北朝鮮に続く橋を撮影(2007年10月20日) 出典:flickr; Prince Roy

 

今年に入って対中貿易量縮小と食料輸入激減

中国税関総署の統計によると、今年1~2月の中朝貿易額は前年同期と比べ約3割減り、北朝鮮からの輸出は約7割減った(朝日デジタル2020・3・30)。国際社会の経済制裁で石炭など主要品の取引が禁じられるなか、輸出品が手工業品の加工貿易などに限られたこともあるが、そもそも中朝国境の閉鎖で貿易自体がほとんど正常に行われていないからだ。

特に深刻なのは、食料輸入が激減したことだ。中国税関白書が発表した今年1〜2月の対北朝鮮輸出統計によると、中国が北朝鮮に輸出した米とトウモロコシは、昨年11〜12月に比べ90%も減少した。この期間、中国の対北朝鮮トウモロコシ輸出量は米ドルで31万7千ドル相当の1100トンであり、米は58万8千ドル相当の1300トンと集計された。

国連が去る3月25日に発表した「新型コロナ人道主義対応策」報告書は、北朝鮮の国境閉鎖、移動制限措置で物資の輸送が困難なうえ、貿易従事者、貨物車2万5000台以上が隔離され、北朝鮮の食糧安保が脅かされていると説明している。

また毎年春に北朝鮮を訪問して、新規の農業技術を伝えてきた米国親友奉仕団(AFSC)も、新型コロナ事態で3月中の訪朝計画を電撃キャンセルした。このことで、北朝鮮と外部との農業協力も完全に断絶された状態となっている。

 

商人に対する収奪と軍中堅幹部への配給削減

自由アジア放送によると、平安南道の住民消息筋は3月23日、「先週平原(ピョンウォン)郡で地域保安署が、突然、米とトウモロコシ卸売り問屋の家宅捜索を行った」とし「家宅捜索で保安員たちは地中のキムチ貯蔵所をはじめ、住宅の前庭まで掘り返して1トン以上の穀物を発見しすべて押収した」と伝えたという。

そして「この日穀物を押収された米卸売商人たちは、新型コロナウイルス事態で国が混乱しているのに、食糧を買い占めて私服を肥やす金稼ぎをしたとの”罪”で地域保安署に連行された」とし「保安署では、商人たちに対するこれといった調査もせずに、次の日に労働鍛錬隊に送り込んだ」と述べた。こうしたことが北朝鮮の各地で起こっているという。

一方、金正恩委員長は最近、食料確保のために、長い間軍が管理していた軍独自の農地を内閣と共同管理するよう命令した。また軍の後方支援局を通じて軍中堅幹部の食糧供給を4月から6ヶ月間、これまでの配給量の3分の1にせよという通達も出した。

食料不足で軍人に回す食料まで削減しているのだ。連座制と徹底した監視で統制されている軍人が、これですぐさま不満を爆発させ「反乱」に出ることはないと思われるが、金正恩に対する忠誠心を一段と低下させていることは間違いない。

 ▲写真 トラックの荷台に乗って移動する北朝鮮の軍人ら(2010年9月5日 平壌) 出典: flickr; Roman Harak

 

軍の不満高まる中で新たな軍統制機関新設

外貨の枯渇に食料不足、そして軍幹部への配給削減などで軍の不満が高まる中で、金正恩委員長は軍の「クーデター」を恐れてか、軍の権力機関を直接総括監督する新たな非公開組織である「軍政指導部」を新設したようだ。金正恩直属のこの「軍政指導部」は、軍総政治局をはじめとする軍団司令部を掌握して、将官級軍幹部らの私生活まで詳細に点検する強大な権限を持つとされている。従来の統制方式、すなわち軍人事と思想検閲で軍を掌握する軍総政治局と軍幹部を個別に監視・盗聴する軍保衛司令部の統制だけでは、もはや安心できなくなったということだろう。

経済制裁に新型コロナウイルス事態が重なることで、金正恩体制はこれまでにない危機を迎えている。

 

トップ画像:北朝鮮の金正恩委員長 出典: flickr; Janne Wittoeck


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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