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.国際  投稿日:2020/10/13

人民欺瞞の金正恩演説 朝鮮労働党創建75周年閲兵式 その1


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・プロパガンダ性の強い、深夜の朝鮮労働党創建75周年閲兵式。

・金正恩氏の演説は政権延命のための言葉で終始。

・式典の一方で台風9号で崩壊した瑞川地区では必死の復旧作業。

 

人民欺瞞の金正恩演説

10月10日、金正恩委員長は、党と軍の幹部を含む2万余名の人々を集め、真夜中に朝鮮労働党創建75周年閲兵式を行った。動員された軍人も万単位だと推測される。その中には、金正恩に花束を渡すために、眠さをこらえ長時間待機させられた子どもたちもいた。

この映像は編集され、19時間後の同日午後7時に朝鮮中央テレビで放映された。実況放送ではなかった分、プロパガンダ性が強いと見なければならない。韓国や日本のメディアは、真夜中に行われた閲兵式に対して、これまでにはない異例なものだと驚きを示し、これは誰の演出なのか?映像技術が進歩している、などと解説していたが、真夜中に行われたこのプロパガンダの非人道的本質を厳しく指摘するメディアはほとんどなかった。

この編集された閲兵式映像からは、ヒトラーが光の効果を意識してサーチライトを利用した1937年のナチ党大会を想起させるものがある。

 

「ありがとう」「申し訳ない」で一貫した金正恩演説

金正恩委員長は、閲兵式を前にして30分の演説を行ったが、その内容は、人民への欺瞞と核武力でなんとか自らの政権を延命させようとする必死の思いで一貫していた。

金正恩は演説で、「真に人民に打ち明けたい心のうち、真情は「ありがとうございます!」の一言につきます」としたが、この言葉を皮切りに「ありがとう」という表現が12回、「感謝」という表現が6回、「苦労」「すまない」という表現も少なくとも5回使われた。

7700字に達する演説のうち、最初のあいさつ370字や軍事力アピール1200字などを除くと、「ありがとう」「申し訳ない」との表現に大部分の約5000字が割かれている。

そして「防疫戦線と自然災害復旧戦線で人民軍将兵が発揮した愛国的献身は、感謝の涙なしに接することができない」と言ったくだりでは涙ぐむシーンまで見せていた。それがお涙頂戴の演出だったかどうかはわからない。また三重苦を経た人民に対して「面目がない」と自分を責める場面もあった。こうした演出を行わざるを得なかった背景には、人民の金正恩に対する不満の高まりがあると見られる。

しかし、人々の生活を飢餓状態から救い出す対策には一言も触れなかった。すべての責任を経済制裁と新型コロナウィルス及び豪雨と水害のせいにして、人民に耐えることだけを求めた。

 

人民に対する贈り物は言葉だけ、韓国を欺瞞する言葉も

人民に対する金正恩の党創建75周年での贈り物は、この言葉と涙だけだった。このような空虚で詐欺的な贈り物は、金日成時代はもちろん、飢餓に陥った金正日時代にもなかった。

この金正恩の姿には、「これから人々を飢えさせない」と大見得を切った2012年4月の姿は、どこにもなかった。ただひたすら人々を欺瞞し、なんとかなだめすかそうとする、36歳のずる賢い若者の姿しかなかった。これは選挙時に土下座して票を得ようとする一部韓国国会議員の姿と何ら変わらない。

▲写真 トランプ大統領と面会した金委員長 出典:Flickr; The White House

狡猾な金正恩は、今回の演説で、韓国を欺瞞する言葉もそっと差し込んだ。それが「愛する南朝鮮の同胞たちにも、あたたかい気持ちを謹んで伝え、一日も早くこの保健危機が克服され、北と南が再び手を携える日が来ることを祈願します」との言葉だ。韓国の文在寅政権は、この言葉を南北関係改善の兆しだとして騒ぎ立て、小躍りして喜んでいる。

 

唯一の成果はコロナ防疫?

金正恩委員長は、動転していたのか、党創建75周年にも関わらず、党の歴史には一言も触れなかった。この日を目指した目玉事業の平壌総合病院の話もなかった。成果について言及したのは、唯一「新型コロナウイルス」を封じ込めたとすることだけだった。しかしこれも本当かどうかはわからない。

金正恩はこれを証明するために、参加者すべてにマスクを着用させなかった。これを演出するためにも大きな費用と労力を費やしたと推察される。多分参加者は、数ヶ月前から検診を繰り返してきたと思われる。もしかしたら閲兵式参加時まで隔離されていたかもしれない。13日に行われた集団体操・芸術公演では観客がマスクをしていたからだ。

 

盛大な深夜行事の裏で悲惨な災害復旧現場

平壌で盛大な深夜行事が行われている最中、地方の被災地では悲惨な状況が繰り広げられた。たとえば、台風9号に直撃され、道路、橋、住宅が完全に崩壊した咸鏡(ハムギョン)道の瑞川(タンチョン)地区だ。

この地区には世界有数の亜鉛の生産高を誇る剣徳(コムドク)鉱山や、マグネサイト埋蔵量が世界3位と言われる龍陽(リョンヤン)・大興(テフン)鉱山があり、ここから金正恩は、年間20億ドルの資金を得ている。

こうした重要地区なので、金正恩はこの地区を早急に復旧させようとして、すぐさま現地視察し、ハムギョン南道党委員長を即刻更迭した後、平壌の党員1万数千名と人民軍10万名を送り込んだ。しかし派遣された軍団はいま、食料を巡って軍部隊同士での争いが絶えない状態だという。

なぜならこの地区は、北朝鮮でも食糧事情が最も劣悪な地区だからだ。高地にあり、岩ばかりであるために草木は生えていない。配給以外に頼る食料がない地域なのだ。配給が途絶え、300万人の餓死者を出したと言われる「苦難の行軍」で、最初の兆候が出たのもこの地区からだった。そこに10万名もの軍隊が押し寄せたものだから、食料が足りなくなるのは当然だ。

「ありがとう」、「すまない」と繰り返し、涙ぐむ金正恩の姿は、彼の欺瞞的一面でしかない。災害地で起こっている悲惨な状態を見殺しにするのが金正恩の本性なのである。金正恩の言葉に騙されてはいけない。

(見せつけた大量殺戮兵器の進化 朝鮮労働党創建75周年閲兵式 その2、に続く)

トップ写真:Mass Parades Kim Il Sung Square(2005) 出典:Flickr; www.j-pics.info


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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