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.国際  投稿日:2020/8/24

北朝鮮、金体制最大の経済危機


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・北朝鮮が党大会を前倒し。背景に金正恩体制最大の経済危機。

・「経済発展5カ年戦略」は核投資偏重とコロナ禍で破綻。

・洪水で深刻食糧難も。核放棄と改革開放ない限り前轍を踏む。

 

北朝鮮は、8月19日の朝鮮労働党中央委員会第7期第6回総会で、党第8回大会を前倒しして来年の1月に開催すると決定した。

決定書では、党第7回大会(2016年5月)で打ち出した、「国家経済発展5カ年戦略」について、「過酷な内外の情勢が持続し、予想できなかった挑戦が重なるのに合わせて、経済活動を改善することができなかったために、計画された国家経済の成長目標が甚だしく未達成となり、人民の生活が著しく向上しない結果も招かれた」と、失敗を認めた。

経済失政を認め、党大会を4ヶ月余り前倒しして開催する背景には、米国の大統領選挙の結果に合わせて、新たな対内外政策を策定しようとする狙いもあるが、金正恩体制始まって以来の危機から一日も早く脱したいとの切実な願望がにじみ出ている。

今北朝鮮は、一般国民の不満が何時爆発してもおかしくないほど経済が破綻している。労働新聞を始めとした北朝鮮メディアが、連日のように「人民愛」を訴え、金正恩委員長が老兵大会で90度のお辞儀をして見せたのもそのためだ。

 

1)核武力への偏重投資で破綻した「国家経済発展5ヵ年戦略」

2016年の第7回党大会2日目で、金正恩委員長は(当時第1書記)は、経済部門で、「国家経済発展5ヵ年戦略」を提示した。そして、この目標は人民経済全般を活性化させ、経済部門間の均衡を保障することで、国の経済を持続的に発展させる土台をつくることだと強調した。

具体的には、エネルギー問題を解決しながら4つの先行部門(石炭、電力、金属、鉄道)と機械工業などの基礎工業部門を正常化させ、併せて農業と軽工業部門の生産を増やすことで人民生活の向上を図るべきだ、とした。

とりわけ、電力問題は経済発展と人民生活の向上に極めて重要なもので、全力を挙げて取り組まなくてはならないとして、発電所の補修と建設、送配電網改造補修など、電力問題の優先的解決を強調した。

そして合弁・合作を通じた主体的貿易構造の改善と経済開発区の拡大、観光事業の拡大をめざした。経済特区は、金委員長執権以降19カ所が新たに指定されるなど、ほぼ30に増加した。

しかし、核とミサイル開発の増強にさらにシフトした政策は、こうした部門への投資を滞らせただけでなく、北朝鮮経済の産業構造を更にいびつにし、これらの計画を「絵に描いた餅」にしてしまった。

例えば、金委員長が最大の課題として強調した電力は、発電電力量が2018年基準で249億kWhに過ぎず、1990年の277億kWhを下回った(韓国統計庁)。石炭、電力、金属、鉄道の4大先行部門も、20~30年前と比較してほとんど進展がないか、むしろ退化した。

また経済運営方式でも、内閣責任制と社会主義企業の責任管理制を提示したが、首領独裁の央集権的枠組みから抜け出せなかったために、結局何らの成果を収めることができなかった。

そして外貨獲得のために、制裁にかからない観光開発に莫大な投資を行ったが、外貨不足にコロナ事態が重なり、元山をはじめ施設は未完成のままとなり、投下資金の回収は全くできていない。国際投資専門機関は、北朝鮮の今年の成長率をマイナス8.5%と予想している。

▲写真 新型コロナウイルスの影響でマスクを着用して、韓国と脱北者に対する抗議デモ参加者(北朝鮮 2020年6月) 出典:DPRK (North Korea)

2)安保理制裁と新型コロナウイルス防疫で貿易は壊滅的状況

トランプ政権は、北朝鮮に対話の扉は開かれているとしているが、非核化がない限り制裁緩和はないとの姿勢を崩していない。

韓国の大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が7月23日に公表した報告書では、北朝鮮の昨年の対外貿易(南北間を除く)規模は前年比14.1%増の32億4000万ドル(約3470億円)と、2016年以来3年ぶりに増加したと発表したが、これは前年の急激な減少による反動によるもので、国連の対北朝鮮制裁が本格的に実施される前と比べると依然として半分程度の水準にとどまっていると指摘した。

こうしたことから北朝鮮の外貨保有は、急激に減少している。金正恩委員長の現地指導が極端に減少したのも、健康不安に合わせて外貨不足が大きな影響を与えている。現地指導は、即金正恩委員長の資金提供を意味するからだ。現地指導の減少は、そのまま統治力の弱化を意味する。

こうした状況下で、文在寅政権は、従北人士を安保ラインと統一部長官に据え、なんとしてでも北朝鮮支援を行おうとしているが、制裁堅持の米国の姿勢をくずせないでいる。統一部長官の李仁栄(イ・インヨン)が、浅知恵で南北間初の「小さな交易(北朝鮮の酒と韓国の砂糖の交換)」をひねり出したが、それさえも北朝鮮側事業者が制裁リストに載っていたことで、ご破産となった。

北朝鮮が、新型コロナウイルス感染拡大防止のために国境を封鎖したことで貿易は更に萎縮した。韓国貿易協会が8月20日に公開した北朝鮮と中国の貿易に関する報告書によると、今年上半期の北朝鮮と中国の貿易額は4億1200万ドル(約434億円)で、前年同期比で67%減少した。北朝鮮から中国への輸出は72.3%減の2900万ドル、輸入は66.5%減の3億8300万ドルだった。

北朝鮮は、サイバー攻撃で仮想通貨を略取したり、高騰している金の密輸などでなんとか外貨を獲得しているが、金正恩の統治資金は底をついているという。

 

3)洪水による穀倉地帯への打撃で予測されるさらなる食糧難

8月初めの洪水被害も相当に広範囲で被害があった。一説によると耕地面積の30%に及んだとの情報もある。朝鮮中央通信の報道によると、農作物への全国的被害面積は3万9296ヘクタールに及び、家屋1万6680余世帯と公共施設630余棟が破壊されるか浸水し、多くの道路と橋、鉄道が断ち切られ、発電所のダムが崩壊するなど、北朝鮮経済に深刻な被害を与えたという。

▲写真 8月24日の労働新聞WEB版に「洪水被害を一日も早くおさめて人民に安定した生活を保障しよう―利川群で―」と題された写真 出典:労働新聞

特に被害が多かったのは、江原(カンウォン)道と黄海(ファンヘ)北道だったとされているが、注目すべきは、黄海道に甚大な被害が及んだことだ。

黄海道は、韓国の全羅(チョルラ)道と並び、朝鮮半島における2大穀倉地帯と言われている地域で、平壌の食料を補給する基地でもある。そこが打撃を受けたということは、今後の平壌の食糧事情に深刻な影響が及ぶということだ。それでなくとも厳しい平壌の配給状況が、今後ますます深刻化する可能性が高まった。

平壌の豪雨も凄まじかった。2007年の夏にも豪雨があり大同江(テドンガン)の水が溢れ大きな被害を出したが、今年の豪雨は13年前よりも激しかった。大同江の中洲の羊角島(ヤンガクド)が1mほど水に浸かり、大同橋平壌駅も水没する寸前となった。

北朝鮮が来年の党大会で、いかなる起死回生策を打ち出してくるかはわからないが、いくらあがいても、核を放棄して改革開放に進まない限り、同じことが繰り返されるだろう。

トップ写真:朝鮮労働党中央委員会第7期第6回総会での金正恩委員長(2020年8月19日) 出典:労働新聞


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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