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.国際  投稿日:2021/5/22

北朝鮮、未曾有の食糧危機に


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・去年の北朝鮮の推定穀物生産、最低必要量の80%。

・経済制裁強化と新型コロナ防疫による国境閉鎖で、肥料不足と農機具不足に。

・国際社会に援助求めない金正恩

 

4月7~8日の北朝鮮労働党第6回細胞秘書大会でのサプライズは、「もう二度と人民を飢えさせない」と公約していた金正恩が、恥も外聞も投げ捨てて「苦難の行軍を決心した」と発言したことだ。

今金正恩が危惧する危機要因は新型コロナウイルス問題だが、それと食糧不足が重なれば、金正恩体制は最悪の事態を迎える。この2つの要因が、反社会主義・非社会主義傾向を強める若年層の怒りと結びついた時、金正恩体制の瓦解速度は、一気に早まるだろう。北朝鮮メデイアは金正恩体制が盤石のように報道しているが、実際はそうではない。

1、苦難の行軍時より少ないコメ生産量

韓国農村振興庁が昨年12月に発表した「2020年北朝鮮の食糧作物の生産量報告書」では、昨年の推定穀物生産が440万tで、2019年の464万tに比べて24万tも減少したと報告された。これは最低必要量550万トンの80%にしかならない。

440万tの内訳は、米が202万t、トウモロコシが151万t、ジャガイモとサツマイモが54万t、大麦と豆類およびその他の雑穀がそれぞれ16万tと17万tで、コメの生産量は、前年比9.8%減と最大幅の減少率を記録した。

米国農務省(USDA)傘下の「経済調査サービス」が最近公開した「4月のコメ展望報告書」では、北朝鮮の今年のコメ生産高は136万tとなっており、2020年の202万tよりも更に66万t減少すると予測されている。

1990年代後半の「苦難の行軍」時期のコメ生産量は、年間150万tだったと推定されているが、今年のコメ生産は、その時より14万t下回るということだ。

2、一層の食料危機を予測させる肥料と農機具不足

北朝鮮農業は、これまでインフラ投資が行われず、主体農法という非科学的な農業政策と相まって、洪水と干ばつに極めて脆弱な構造となっているが、いまそこに経済制裁強化と新型コロナウイルス防疫による国境閉鎖が重なり、極端な肥料不足と農機具不足に見舞われている。

・肥料の決定的不足

現在北朝鮮の肥料不足は深刻だ。農繁期を迎えているにも関わらず、肥料確保ができていないのだ。2018年に26万トン(約8500万ドル)に達していた化学肥料の輸入量が、2020年には約1万9000トンにまで激減した。

今年の状況も3月までは2020年と同じペースかそれ以下と予測されたが、危機を感じた北朝鮮は、貴重な外貨を絞り出し、4月の対中国緊急輸入を前月比約2倍の2875万ドルに増やした。そしてその45%(1293万ドル)を肥料(リン酸アンモニウムと窒素肥料計4万トン弱)に振り向けた(2021.5.21:VOA報道)。

肥料の半分を輸入に頼り、かつ年間肥料使用量の半分以上を春に投入しなければならないことを考えると、この程度の緊急輸入で肥料不足を解消することはできない。そのために住民に人糞と尿の提供ノルマまで課している状態だ。尿のノルマは1日2リットルだという。しかし花崗岩を母岩にした痩せた北朝鮮の土壌では、十分な化学肥料の投入なしには生産性の向上は期待できない。

この状況は、今年の北朝鮮農業が大きな危機に直面することを予告するものである。

・農機具と資材の不足

肥料だけでなく農機具不足も深刻な状況となっている。農機具不足を埋める動力として使われてきた牛も飼料不足でやせ細り、思うように農作業ができない状況だ。そのために農地の掘り起こしが進まず、期日までに種まきができない事態が生まれている。

平安南道のデイリーNK内部消息筋は、今年3月に行われた道農村経営委員会の調査結果だとして、道内の農場で2月の1ヶ月間で牛120頭が死亡し、その4分の3が栄養失調だったと伝えてきた。

これまで北朝鮮を訪問した在日朝鮮人からは、牛がやせ細って大型犬と見間違えるほどだとの情報がもたらされていたが、大量死しているとの情報は初めてだ。

農村管理委員会は「トラクターを使え」と指示を出しているようだが、多くの農場にあるトラクターは、40年以上も前のもので、老朽化が激しく、使用に絶えられない代物となっている。それに何よりも動かす油が手に入らない。

また作物を保護するための農業用ビニールも6割が足りず、今後作物保護もままならない状況だという。

▲写真 北朝鮮の妙香山の平安北道の田園地帯にある古い北朝鮮のトラクター (2009年5月17日) 出典:Eric Lafforgue / Art In All Of Us / Corbis via Getty Images

3、来年は更なる食糧不足か

今心配されているのは、今年から来年にかけての食糧生産だ。今年の食糧供給は、昨年の食糧生産量と輸入量で決まり、来年の食糧は今年の出来高いかんで決まる。しかし昨年は風水害で例年水準を大幅に下回り、今年は肥料不足と農機具不足でそれよりも下回ることが予想されている。今年に再び大型自然災害に見舞われれば、食糧危機は、未曾有のレベルとなるだろう。

そうかといって北朝鮮はいま、食糧を外国から輸入できる状態でもない。北朝鮮の外貨保有が底をついているからだ。また新型コロナウィルス変異株の拡散が重なり、中朝国境の封鎖も緩和できない状況にある。このままだと1990年代の「苦難の行軍」レベルではなくなる可能性が出てきている。

そのシグナルは、すでに北朝鮮市場における穀物価格の上昇として現れている。幹部や富裕層が消費するコメ価格の上昇はそれほどではないが、一般住民の食料であるトウモロコシ価格は、昨年末頃から急上昇し始めた。これは今後の深刻な食料不足を予告するものだ。

生活品の暴騰は、驚異的なレベルに達している。内部からの報告では、すでに平均5倍以上値上がりしているという。外国人向け商店からは牛肉の缶詰だけでなく、豚肉の缶詰も姿を消した。

そして贅沢品の部類となる日本製シャンプーは、これまで180円だったものが6000円となり、コーヒーは1パック480円が6800円に跳ね上った。今はその商品さえもなくなっている。

政府公認の市場(チャンマダン)は開いているのだが、売るものがない状態で、特に食用油、砂糖、小麦粉がなくなっている。こうしたことから、1990年代の“苦難の行軍”時期ですら中央党の幹部たちに供給されていた油や砂糖、調味料の供給が先月から止まった。

しかしなぜか金正恩は国をかたくなに閉ざしたままだ。国際社会に向かって支援も求めていない。これも1990年代とは異なる異常現象だ。この我慢がいつまで続くかはわからないが、住民の我慢はすでに限界を超えている。ここから更に国の封鎖状態が続けば、金正恩体制は、これまで経験したことのない危機ゾーンに入るだろう。そうした兆候は、すでに様々な形で出てきている。

トップ写真:金正恩総書記 2019年4月25日にロシアのウラジオストクで開催されたロシア-北朝鮮サミットにて 出典:MikhailSvetlov/GettyImages




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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