国家観、自らの言葉で【菅政権に問う】
嶌信彦(ジャーナリスト)
「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」
【まとめ】
・学術会議任命拒否問題、菅首相は多様性に疑問があったと述べた。
・学術会議側は具体的数字を用い、多様化を図ってきたと反論。
・杉田官房副長官が思想信条などの観点から判断したのではという疑惑も浮上。
案の定、菅首相が日本学術会議の新会員6人を任命拒否した問題が大ごとになってきている。菅首相は、「民間出身者や若手が少なく、出身や大学にも偏りが見られることも踏まえ、多様性が大事だということを念頭に私が判断した」(10月28日の衆院本会議)と述べた。
しかし、菅首相は本当に実態を把握して判断したのだろうか。菅首相の熟慮の判断の末というより、官僚か側近の書いた答弁書をそのまま読み上げた疑いがつきまとう。
学術会議側は、この菅発言について数字をあげ反論している。2010年と2020年の10年間を比較して、東大在職者は28.1%から16.7%に、関東地方の会員も59.5%から49.5%に減少、女性会員は23.3%から37.7%に増えているとし、「会員選考の際にジェンダー、地域、所属、分野、年齢の多様化を図ってきた」と述べているのだ。
むしろ6人が任命されなかったことで「人文・社会科学系の部会は定員の一割近くが欠けており活動に支障が出ている」と指摘。学術会議は今後も提言機能や情報発信力、会員の選考方法、事務局体制などについて検証を行ない、結果を報告するとした上で、「以前に比べ性別と年齢のアンバランスは大幅に改善し、地域バランスも若年地方圏の割合が増加していて組織の循環性は高まり活動が活性化している」と分析している。
写真)菅総理 出典)首相官邸Facebook
そもそも今回の問題は、学術会議が首相に提案した名簿について警察官僚出身の杉田和博・官房副長官が“問題のある人物が含まれている”と上申したことから始まっている。事務方の役人が学術会議の人事に口をはさみ、さらに菅首相は当初の名簿を全て見ていないことも濃厚になっている。
政府は、矛盾を突かれると「人事の細かなことはお答えしかねる。総合的、俯瞰的に多様性を考えて決めた」と語るのが、いつもの常套的な言い方で、決して具体的理由、内容は明らかにしない。
しかし、今回の事の発端は、杉田官房副長官が推薦された6人の思想信条などの観点から判断したのではないか、と疑惑を持たれている。6人は過去に政府の法案などに反対の立場を表明した経緯があるからだ。しかし学術会議は政府の資金が入っているとはいえ、法律に基づき優秀な研究と業績を基準として候補者を推薦することが義務付けられている団体であり、一般の公務員とは違い思想、信条などを新会員候補の基準にはしないという伝統が守られてきたのである。政府自身、1983年に「首相の任命は形式的なもの」と答弁しており今回も、「学問の自由の侵害などは全く関係がない」と述べている。
写真)杉田和博氏 出典)首相官邸
だとするなら、菅首相は今回6人を任命しなかった理由を明確に国民へ説明すべきであり、学術会議に求められる“総合的、俯瞰的活動とは何か”について具体的に明らかにしないと納得されないだろう。首相の説明に対しては、与党からも「丁寧な説明に務めてほしい」という要望も出ている。この際、菅首相は、国民受けする成果を早く見せることも重要だが、国会で杉田氏の関りや、首相自身の国家観、今後の日本のあり方について自らの言葉で哲学、思想を語って欲しいものだ。
トップ画像:日本学術会議総会(2016) 出典:内閣府
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この記事を書いた人
嶌信彦ジャーナリスト
嶌信彦ジャーナリスト
慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、通産省、外務省、日銀、財界、経団連倶楽部、ワシントン特派員などを経て、1987年からフリーとなり、TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務める。
現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」にレギュラー出演。
2015年9月30日に新著ノンフィクション「日本兵捕虜はウズベキスタンにオペラハウスを建てた」(角川書店)を発売。本書は3刷後、改訂版として2019年9月に伝説となった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たち」(角川新書)として発売。日本人捕虜たちが中央アジア・ウズベキスタンに旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなる「ナボイ劇場」を完成させ、よく知られている悲惨なシベリア抑留とは異なる波乱万丈の建設秘話を描いている。その他著書に「日本人の覚悟~成熟経済を超える」(実業之日本社)、「ニュースキャスターたちの24時間」(講談社α文庫)等多数。