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.政治  投稿日:2020/11/27

「弁護人取り調べ立ち会いは可能」法務省新見解


Japan In-depth編集部(石田桃子、坪井恵莉)

【まとめ】

・国際人権NGO、取調べへの弁護人立ち会いに関する勉強会開催。

法務省、これまで認められていなかった弁護人立ち会いは「可能」とする見解を発表。

・専門家は試験的に弁護人立会いを導入を目指している。

法務省は今年7月に法務・検察行政刷新会議(以下、刷新会議)を立ち上げ、司法制度改革に向けた議論を進めている。刷新会議での主な検討事項に「刑事手続きについて国際的な理解が得られるようにする方策」がある。

これは「ルノー・日産・三菱アライアンス」の元社長兼最高経営責任者、カルロス・ゴーン被告が2019年年末にレバノンへ逃亡し、世界各国のメディアを前に日本の司法制度を批判したことを受けての対応だ。

ゴーン被告の国際社会へのアピールも手伝い、長期間の勾留、取調べへの弁護人の立ち会いを認めない日本の刑事裁判手続きが、国際的に批判された

被疑者の取調べへの弁護人立ち会いは現在認められていないが、10月15日に開催された第6回法務・検察刷新会議にて、法務省は取り調べへの「弁護人立ち会いは可能、個々の検察官の裁量に任されている」という見解を明らかにした 。

今まで認められていなかったはずの立ち会いが「可能」だという見解が示されたことで、専門家や実務現場の弁護士たちからは驚きと戸惑いの声が上がった。

大きな転換点を迎えたことを受けて、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ「『取調べへの弁護人立ち会い』を求める法律家の会」は11月25日に第2回オンライン勉強会を開催した。取調べへの弁護人立ち会いを巡る現状、また弁護人の立ち会い実現のために必要なステップについて提言を行った。

(第1回はこちら

■ 森まさこ前法務相からのビデオメッセージ

冒頭、前法務大臣で刷新会議を立ち上げた森まさこ氏からのビデオメッセージが放映され、刷新会議設立の理由や期待について語った。

刷新会議を設置した理由について森氏は「きっかけはカルロス・ゴーン氏の国外逃亡」だとして、海外メディアから「日本の司法制度が諸外国に比べて劣っているのではないか」と指摘されたことを明かした。

森氏は「日本だけでなく、どの国の制度にも常に不十分なものはあり、国民の要望や社会情勢の変化に合わせて見直すことが重要」として、来年開催予定の第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)「日本がしっかりとこの問題に向き合っていることを(国際社会に)堂々と発表できるようにしたい」と述べた。

森氏は、無実にも関わらず長期間拘留された元労働官僚村木厚子氏の事件後、2010年に設立された「検察の在り方検討会」でも弁護人立ち会いは議題に上がりながら、今日まで本格的な議論が行われなかったことに懸念を示した。

森氏は、「議論自体もできていないことが、民主主義の我が国において正常な状態なのか」と危機感を示し、「(刷新会議)が法曹だけでなく一般市民からも幅広い意見を出せる場であってほしい」と期待を述べた。

■ 基調講演「『刷新会議』の議論の現状、日本の現状、諸外国の現状、今後への提言」

刷新会議委員の法学者後藤昭氏、弁護士の川崎拓也氏が基調講演を行った。

まず後藤昭氏が、刷新会議の現状と今後の課題について述べた。

「取り調べへの弁護人立合い」制度の不整備は、被疑者の権利保護・取り調べの真実解明機能の観点から批判されている。この批判に対する法務省の回答は、理解を得るどころか疑念を増幅させている。

「そこ(編集部注:法制審議会)での議論では、弁護人が立ち会うことを認めた場合、被疑者から十分な供述が得られなくなることで、事案の真相が解明されなくなるなど、取調べの機能を大幅に減退させるおそれが大きく、そのような事態は被害者や事案の真相解明を望む国民の理解を得られないなどの意見が示されたため、弁護人の立会いを導入しないこととされた経緯があります」。

(出典:法務省「我が国の刑事司法について、国内外からの様々なご指摘やご疑問にお答えします。」

現状の変革なしに「国際的な理解を得る」ことは不可能だ。「取り調べへの弁護人立ち会い」は憲法や国際人権法に照らして正当な権利であり、それが享受されていないことは事実であるからだ、と後藤氏は説明した。

「刷新会議の議論は難航している」という。刑事手続きの変更について議論すること自体への反対をようやく乗り越えたが、村木厚子氏など「人質司法」経験者へのヒアリングの提案は採用されなかった。最も実現可能性の高い決着点は「別の会議体での議論を提案すること」だという。例えば、2016年に成立した改正刑事訴訟法の検討時期に併せて議論を行うことが考えられる。

(注:法務省「刑事訴訟法等の一部を改正する法律附則9条」

しかしこれでは、議論の先送りを繰り返すことになるかもしれない。後藤氏は、生産的な議論をするためには「試しにやってみることが大事」と語る。「取り調べへの弁護人の立ち合いは、現在の法制度でも可能だということがはっきりした。経験に基づいた具体的な議論ができるよう、試行を実現すべきだ」。

試行の実現を目指す案は、既にいくつか検討されている。「検事総長から検察官へ、弁護人立ち会いに関する実施基準を通知する」、「弁護士会、法務省または検察庁による、試行に向けた話し合いの場を設ける」というものだ。今後、合意を目指して議論を進めていく。

▲写真 後藤昭氏 出典:勉強会のオンラインミーティング画面からキャプチャ

次に、川崎拓也氏が、実務の面から現状と今後について話した。

川崎氏は、刷新会議で法務省が示した、取り調べへの弁護人の立ち会いは検察官が「個別の事案ごとに適切に判断すべき」との見解は、「実情とは違う」と述べた。弁護士が検察官に対して立ち会いを求めると、多くの場合「立ち会いを認める規定は刑事訴訟法にない」「全社的な対応として認められない」などと拒否されるという。

弁護人の立ち会いを認めない理由としては、次の3点が説明される。

・取り調べの機能を損なう

・関係者の名誉・プライバシーが害される

・捜査の秘密が害される

川崎氏は、「一言で反論できるようなことばかり」だという。黙秘権が保障されるなど取り調べは弱い力しか持っていないこと、取り調べの録音・録画が実施されていること、被疑者と弁護人との接見が実施されていること、弁護人が守秘義務を負っていることなどを考えると、検察側の主張の根拠のなさが浮き彫りになる。

川崎氏は、取り調べへの弁護人の立ち会いは検察官個別の裁量で実施可能だということが明示されたことに、希望を見出している。立ち会いの申し入れを「全社的に」拒否されても「粘り強く『あなたはどうなのですか』、『個別のこの事件はどうなのですか』と言えるようになる」からだ。

川崎氏は、「現場の検察官との具体的な議論や、経験の蓄積によって、弁護活動をステップアップしていく必要がある。最終的には全件で取り調べへの弁護人の立ち会いが実現することが我々の最終目標だ」と述べた。

▲写真 出典:勉強会のオンラインミーティング画面からキャプチャ

■ 有識者からのコメント

弁護士の四宮啓氏が、国際的な観点から取調べへの弁護人立ち会いについての現状を解説した。

四宮氏はまず、アメリカ、EU、台湾、韓国では弁護人の立ち会いが認められていること、また日本が批准している自由権規約においても弁護人の立ち会いが求められている事実を紹介した。

国連人権理事会の作業部会は11月20日、ゴーン氏が勾留されたことについて「恣意的拘束」にあたるという意見書を発表した。国連人権理事会は「当意見はゴーン氏の国外逃亡に関する見解を表明するものではなく、逃亡を正当化するものではない」と前置きしたうえで、「刑事被疑者が身体拘束の最初から、取調べ中も、弁護人へのアクセスを保障するよう勧告する」とコメントした。

▲写真 出典:勉強会のオンラインミーティング画面からキャプチャ

四宮氏は「刑事手続法の歴史は、弁護権拡張の歴史である」という言葉を紹介し、「世界中から当然だと思われる、理解できる手続きにするためには、弁護人の立ち会いが必要だと思う」と締めくくった。

続いて「それでもボクはやっていない」など刑事裁判を扱った作品の監督を務め、法制審議会の委員も務めた映画監督の周防正行氏がコメントした。

▲写真 周防正行氏 出典:勉強会のオンラインミーティング画面からキャプチャ

周防氏は今までの法制審議会で「検察官の裁量によって弁護人の立ち会いが認められる」ということは聞いたことがなかった、と今回の法務省の見解に驚きを見せた。「全ての刑事弁護人が『取調べに立ち会わせてくれ』と言うだけでも随分状況は変わるのではないか」と今後の展開に期待感を示した。

東アジアで弁護人の立ち会いが認められていないのは、中国と北朝鮮と日本だけという事実から、「ゴーン氏にとって日本と北朝鮮は一緒。正々堂々と裁判を戦えないと思ったから彼は逃げたのではないか」と、日本の司法制度に対して危機感を示した。

■ おわりに

カルロス・ゴーン氏の国外逃亡をきっかけに再び議論が進められている「取調べへの弁護人立ち会い」制度だが、これは国際人権法や憲法で保障されている基本的人権の一つだ。被疑者として最低限の権利も保障されていない現在の日本の司法制度に改めて危機感を抱いた。

今まで認められていなかった弁護人立ち会いを「可能、個々の検察官の裁量に任されている」とする法務省の見解は、今後の議論を大きく前進させるきっかけにもなり得る重要なものだ。国際社会から日本の司法制度の信頼を取り戻すためだけでなく、私たちの人権を守るためにも、今後の議論の進展に期待したい。

トップ写真:ビデオメッセージを送った森まさこ前法務大臣 出典:勉強会のオンラインミーティング画面からキャプチャ




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