トランプ新政権の日本への意味とは その5日本への期待と不満(最終回)
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・いまの時点での次期トランプ政権は台湾を守らないという批判は意図的なプロパガンダだ。
・日本には同盟国として防衛力の強化と地域的安全保障への積極的関与が求められているが、現状では準備が不十分で曖昧さが残る。
・台湾有事が起これば、日米同盟の信頼関係に深刻な影響を与える可能性があり、日本は早急に対応態勢を整える必要がある。
――トランプ次期政権の対外政策の個別問題についてお聞きしたいのですが、台湾有事に対してはどう向き合うのでしょうか。
古森義久:アメリカ第一政策研究所(AFPI)は次期トランプ政権の政策報告書の中にいざというときは台湾は守ると明記しています。「守る」というのはもちろん軍事的な意味も含めて、ということです。
ただしアメリカ第一政策研究所のスティーブ・イェーツという中国専門家はその政策報告のなかで、アメリカ側には台湾関係法という法律があって、アメリカ政府の実際の行動はその法律に規制されるという基本を強調しています。この法律ではまずアメリカ側は台湾が十分な自衛ができるための防衛用の兵器はずっと供与していくことを決めています。
それから台湾海峡の平和と安定は、アメリカにとっても重大な関心、concern懸念の対象であると述べています。しかし軍事介入するかしないかは台湾関係法では明言しない。言わないという戦略的曖昧こそが抑止になるという趣旨なのです。
しかし現実にはトランプ陣営の人たちは中国による台湾への軍事攻撃があったらアメリカは間違いなく軍事介入すると断言しています。トランプ氏自身も軍事攻撃があっても介入しないなんてことは一言も言ってない。
トランプ陣営では台湾を支持している人たちはすごく強固な立場にあります。議会は特に共和党の中に台湾支援の議員が圧倒的に多いのです。トランプ大統領自身も2016年の選挙で勝ったすぐ後に台湾の蔡英文総統に電話しているほどです。本来、中国側が主張する「一つの中国の原則」からすればアメリカ大統領が台湾の総統と直接に対話をしてはならないはずだったのに、でした。
いまの時点での次期トランプ政権は台湾を守らないという批判は意図的なプロパガンダだと思いますね。
――ウクライナでの戦争についてはどうですか。
古森:ウクライナの問題では、トランプ陣営内にはロシアの侵攻を許容してはいけないという強い考え方が存在します。その一方、バイデン政権はウクライナ援助を定見や見通しなく実施しており、この戦争をどうやって終わらせるのかというシナリオがないではないか、という批判はトランプ陣営の内部に幅広く存在します。本来ならば中国への軍事抑止に対して投入しなければならない国家資源をウクライナに出し続ければ、いざという危機に一番の敵である中国に対しての軍事的対応ができなくなくなるのではないか、という批判が共和党の内部には存在するのです。
選挙戦中には、そうした共和党内の議論をみて、民主党側はトランプ氏がロシアのウクライナ侵略を許容してしまうだろう、という主張だとする方向へ持っていきました。そもそもウクライナに軍事支援し始めたのはトランプでしたし、当選後の電話会談でもエストニア・ラトビア・リトアニアのバルト三国に米軍を駐留させていることをプーチンに念押ししています。間接的な軍事圧力だともいえます。むろんトランプ次期政権によるウクライナ戦争の実際の解決という段階になれば、ロシアが占拠している領土をどうするかというような難題は多々、出てくるでしょう。しかしウクライナ侵略を許容して、ロシアに領土を与えてしまうことにはさせない、という基本の態度ははっきりしていると思います。
――さて、日本との関係ですが、前回のトランプ大統領のときは、日本側には安倍晋三氏がおられたわけですが、今回は足元の危うい石破首相です。
古森:石破・トランプ、個人と個人の接触となったら極めて不安ですね。石破さんは、在日米軍の日米地位協定の問題にしてもどこか反米っぽいところがある。その協定の改定要求も首相になってからは慌てて引っ込めているけれども、米側は石破さんがどういう人かは見ていますから、非常に不安な展望というのはありますね。けれどもアメリカの安全保障政策、なかで特に重要な対中抑止という点では、日米同盟はますます重要な要素となっています。
しかも今のアメリカでは、官民ともに日本に対して非常に好意的です。在日米軍で2年とか3年勤務して帰った人は今何百万人もいます。こういう人たちはやはり日本はよい国だという点を強調する場合が多いのです。
さらにJETプログラムという日米交流計画があります。アメリカの大学を出たばかりの若者が毎年2000人ぐらい日本に来て、全国各地の市や町の公立学校で英語を教えています。この人たちがアメリカに帰ると、みんな不思議なぐらい日本のことをいい国だとして、熱をこめて語ります。
日本は政策面だけなくソフト面でもアメリカにとって大事な国なのだという感覚も広がっています。その意味で安倍さんでなくても日本との友好はトランプ政権でも続くと思います。
――では、アメリカとの関係は安心していられるのですか。
古森:それが、そうだとはいえないのです。民主党政権もトランプ政権も両方とも、日米同盟というのはやっぱり片務的だと考えている。日本は基地を提供するだけでアメリカのためにほとんど何もしないというのはおかしいと考えている。
ただ、日本との関係は重要だから、当面は日本側をゴタゴタさせるようなことは言わない。だから何も表には出てこないけれども、アメリカ全体の本音としては、やはり日本はもうちょっと防衛力を強化してアメリカとの同盟国であるという枠内で、もっと地域的な安全保障に関わってほしいと考えていることは確かです。
――当面の最大の懸案は台湾有事ですか。
古森:そうですね。台湾有事では、日本は何かしてくれるとアメリカは思っている。これは非常に美しい誤解ですが、実は危険な誤解でもあるんです。というのは、台湾有事になった場合、日本はどうするのか、日本側の現状をよくみれば、政策面でまったく準備はなされていないし、国会で議論もしていない。
多くの人が考えているのは、中国が台湾を攻撃すれば、日本の米軍基地にも攻撃をかけてくるだろう。そうすると自動的に中国と日本との間には戦闘状態が起きると。
こういう設定は、日本にとって都合のよすぎるシナリオです。現実的ではない。トシ・ヨシハラというアメリカの軍事専門家の話を聞いていると、中国軍は台湾海峡を渡って攻めて来るだけではなく、台湾を海上封鎖するとか、斬首作戦といって台湾のトップだけをスパッと攻撃するとか、第5列というスパイのような連中を台湾で決起させるとか、いろいろな形の台湾攻略作戦があるだろう、ということがわかります。
いずれにしても、台湾有事が現実となったら、米軍は介入する。日本もそれに呼応する必要があるのですが、日本実際の行動をどうするのか、なにか曖昧のままにしている。軍事的にも政策的にもまだ準備していないままで、有事になればどうなるか。期待が大きいだけに、同盟の信頼関係は一瞬にして崩壊してしまいかねない。これはまさに国家的危機です。
トランプ次期政権は台湾危機だけではなく、必要なときは力を使うことを明白にしています。それだけ国際秩序を根本から崩そうとしている国々を抑止する力は強い。だからこそ日本はトランプ政権の再登場の意義を認識して、しっかり対応できるよう態勢を整備すべきだと思います。
#この連載記事は月刊雑誌「日本の選択」2024年12月号掲載の古森義久氏の
インタビュー記事の一部書き直しによる転載です。
トップ写真:台湾の台東で行われた軍事訓練で、CM21装甲車から降りる台湾軍兵士。2024年1月31日。
出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images