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.国際  投稿日:2020/7/23

ソウル前市長の死に繋がった?告訴情報漏洩の謎


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・ソウル前市長セクハラ疑惑、被害者は「威力による性暴力事件」と主張。

・大統領府と警察関係者の告訴情報漏洩に批判が集まっている。

・市街化調整区域解除をめぐり朴前市長と文在寅大統領に確執?

 

朴元淳(パク・ウォンスン)前市長葬儀直後の7月13日午後、朴前市長からセクハラ被害を受けた元女性秘書Aさんの代理人であるキム・ジェリョン弁護士が、性暴力に反対する市民団体とともに記者会見を開き、朴前市長への告訴内容を公開した。

 

韓国一のフェミニストで、性犯罪撲滅や慰安婦問題で反日の先頭に立ち、女性層から圧倒的支持を受けていた故朴前市長に対する告訴内容は衝撃的なものだった。

 

ソウル市秘書室に勤務していた元秘書のAさんは、市長執務室内の寝室で、身体接触を受けるなど、さまざまなセクハラ行為を受け、部署を異動した最近に至るまで4年間にわたり、朴前市長から繰り返し淫乱メッセージや写真を送りつけられたというものだった。市庁内部に助けを求めたが、ソウル市の幹部たちは、「そのような方でない」として、見て見ぬ振りをしたり、あえて無視したりして黙殺したという。Aさんの弁護人は、典型的な「威力による性暴力事件」だと主張した。

 

政治問題化した告訴情報漏洩問題

だがこの朴前市長の死につながる告訴情報は事前に漏洩していた。警察と大統領府だけしかわからない情報がなぜ事前に漏洩したのか?として韓国ではいま大問題となっている。

 

「法治主義を正しく行う行動連帯」は7月15日、「告訴事実を流出した大統領府と警察関係者を公務上の秘密漏洩罪、証拠隠滅教唆罪、偽計による公務執行妨害罪で刑事告発する」と大検察庁に告発状を出した。

 

また保守系の弁護士団体である「韓半島人権と統一のための弁護士会」はパク前市長の告訴状を受理したソウル地方警察庁、告訴内容を大統領府に報告した警察庁、告訴当日の夜に警察の報告を受けた大統領府などを「流出者」とみなして、それらを大検察庁に告発した。市民団体と弁護士団体からの告発を受理した韓国大検察庁は、朴前市長関連告発状4件をソウル中央地検に捜査を行うよう指示した。

 

告訴人側は22日午前11時にも2回目の記者会見を開き、朴前市庁の性暴力行為を組織ぐるみで黙認または隠蔽し、朴前市長の葬儀を「市葬」としたソウル市庁、被害者を「被害呼訴人」などとした「共に民主党民主党」党首や国会議員たち、「なぜ4年間も黙っていたのか」などと被害者に非難を浴びせたマスコミ関係者などを2次加害として厳しく糾弾し、それと合わせて告訴情報を漏洩させた当局の行為にたいして法的措置を講じると言明した。

写真)朴元淳(パク・ウォンスン)前市長(右) 出典)Wikimedia Commons; 서울특별시 소방재난본부

 

告訴情報を、何時、誰が朴前市長に流したのか?

朴前市長への告訴情報漏洩で、いま焦点となっているのは、告訴情報が、何時、誰によって、どのような意図で伝えたかである。

 

被害者Aさんが告訴状を出したのは、7月8日午後4時30分だった。それについての調査は9日午前2時30分まで10時間に及ぶという異例の長さだった。

 

ところが警察が告訴を受理する前の8日午後3時頃、ソウル市のジェンダー(性)特別補佐官イム氏(女性)が、朴前市長の元に行き「噂で聞いたのですがなにかよくないことが起こったのですか?」と問うたという。告訴の前にすでに情報漏洩があったのではと疑わせる部分だ。イム氏はいま警察から調査を受けている。

 

事態が慌ただしく動き出したのは9日の未明に告訴人調査が終わってからだ。このことは、ソウル市庁幹部が15日の中央日報のインタビューで語っている。9日午前2時30分に告訴人の調査が終わった直後、捜査関係の誰かが「セクハラ告訴」の全貌を朴前市長に知らせたようだ。

 

朴前市長は、告訴情報が伝えられたと見られる9日朝、市庁舎には出勤せずに市長公邸にとどまっていた。そして当時の秘書室長高氏と面談した後の10時44分に、カジュアルな服装でリュックを背負って、「午後12時ごろには帰ってくる」との言葉を残して外出した。13時39分に高秘書室長が戻るように通話したが、その後消息が途絶え、10日0時1分頃にソウル城北(ソンボク)区の粛靖(スクチョン)門付近の森林の中で遺体が発見された。

 

この情報の漏洩について、7月13日に大統領府のカン・ミンソク報道官は、出入記者たちに送った文字メッセージを通じて、「大統領府は、被告訴人・朴元淳市長の捜査に関する、いかなる事項も通報しなかった」と明らかにした。そして「大統領府からの通報で被告訴人が知ったとの一部報道は事実無根」だとしたのだ。しかしこのコメントを信じている人は多くない。

 

この点について野党未来統合党のチュ・ホヨン院内代表は、国会で「警察が捜査状況を上部に報告し、上部を経てそれが被告訴人にすぐに報告された形跡がある」と語り、「その情報を流したのは、警察の首脳部か大統領府のどちらかと思われる」と主張した。東亜日報も、共に民主党のある議員の言葉を引用して「大統領府か警察を通じて朴市長側に伝えたとしか考えられない」と報道した。

写真)チュ・ホヨン院内代表       出典)Wikimedia Commons; Sonyguny

いかなる意図で情報が流されたのか?

情報の漏洩は、告訴人保護の観点から見ても重大な問題だが、死に追いやるために意図的に流されたとしたら、大変な謀略事件となる。死因については自殺とされているが、死因の詳細は、未だに発表されていない。遺体も解剖されないまま火葬されたようだ。警察は他殺の形跡はないとしているが、死因や足取りの詳細が発表されないので他殺説が出回っている。

 

警察は、朴前市長の足取り検証で、重要な手がかりとなる朴氏のスマートフォンについて、法的には遺族の許諾を得る必要はないにも関わらず、「朴市長の三虞祭(サムウジェ葬儀が終わった3日目の祭祀―さいしが終わった後、遺族と相談したい」とか、暗号で保護されているから解析に6ヶ月ほどかかるなどとしていた。だが批判が高まるや、重い腰を上げ、15日になってようやく分析を始めたという。しかし残り3つのスマートフォンに対しては、「情報漏えい問題」ではなく「死亡原因究明」を押収理由として令状請求を行ったために、裁判所から却下された。死因は明確だとの理由からだ。この令状請求のやり方については、情報漏えい捜査を意図的に避けたとの指摘がなされている。こうしたことから告訴情報を漏洩させた意図については謎のままだ。

 

背景にグリーンベルト解除をめぐる文大統領と朴前市長との対立?

告訴情報漏洩の背景には、ソウルのグリーンベルト市街化調整区域)解除」を巡って、現時点で解除反対の朴前市長と、解除して住宅供給とあらたな利権獲得を狙う文在寅大統領との間の激しい確執があったのではとの指摘がある。

 

文大統領はいま、新型コロナウィルス対策以外では、目玉の南北宥和政策をはじめとした全ての政策で行き詰まっている。最近の世論調査では、支持率が44%にまで暴落し、不支持率52%と逆転した。

写真)文大統領       出典)the Russian State Duma

この支持率暴落の大きな原因の一つが、アパート(マンション)価格の暴騰だ。文政権になってからアパート価格は50%以上も上昇した。そこで文政権は、ソウル市のグリーンベルト(市街地不可区域)を解除して、大規模開発で住宅供給を増やし支持基盤を拡大させると共に、利権獲得も狙うという一石二鳥を狙う政策を打ち出した。

 

しかし次期大統領を狙う朴前市長は、大統領出馬時の強力なカードにしようとしたのか、現時点でのグリーンベルト解除には絶対反対だった。朴前市長がいる限り、文政権の野望は実現しない状況となっていた。

 

こうした状況下で、朴前市長が死に至ったので、あまりにもタイミングがよすぎるのではとの憶測が広がったのだ。事実朴前市長が亡くなった直後から、グリーベルト解除の動きが急浮上している。しかし文大統領は、国民の目を恐れ、一旦打ち出したグリーンベルト解除を否定した。しかしグリーンベルト内の陸軍用地の開発については沈黙している。

トップ写真:朴元淳ソウル前市長 出典:Flickr; Republic of Korea


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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