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.国際  投稿日:2025/1/30

日本製鉄のUSスチール買収への米側の反対の真の理由とは(上)日鉄と中国政府との長年の絆?


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視

【まとめ】
・日本製鉄のUSスチール買収計画への米側の反対論では、米国基幹産業の外国(日本企業)への移転に対する懸念が強調されていた。
・しかし、そこには日鉄と中国当局の密接な絆への懸念が存在することが明らかになってきた。
・日鉄は中国人民解放軍にも事実上の協力をしており、その人民解放軍こそがいまのアメリカにとって最大脅威だという主張に基づいている。

 日米両国間で波紋を広げる日本製鉄のUSスチール買収計画への米側の反対の奥に日本製鉄と中国政府との長年の絆への懸念が存在することが明らかになってきた。

  この懸念はアメリカ議会上院の銀行委員会委員長の有力議員からバイデン大統領あての警告の書簡でも表明された。

  同書簡は米側民間の調査機関による日本製鉄と中国政府の長年の絆の調査報告書をも基礎として、「日本製鉄はなお中国側の人民解放軍に直結する企業とも密接なつながりがあり、そうした企業が米側の大手鉄鋼企業を買収することはアメリカの国家安全保障への危険となる」と述べている。なお日本製鉄側はこの懸念に対して、「中国での活動はきわめて少なくなった」として中国当局との密接なつながりを否定している。


  日本製鉄のUSスチール買収計画はアメリカ政府の関連諸機関が集まって、個々の外国投資案件がアメリカの国家安全保障にどんな影響を与えるかを審査する「外国投資委員会(CFIUS」での結論が出ず、バイデン大統領に判断を委ねられた。その結果、同大統領は退任直前の1月上旬、アメリカの安全保障への有害な影響を理由に買収禁止の方針を示した。後任のトランプ大統領もすでに「ノー」の判断を言明していた。

  こうした米側の反対論ではアメリカ国内の基幹産業の大企業が同盟国とはいえ外国の日本企業の手に渡ることへの懸念が強調されていた。ところがアメリカ議会筋がこのほど明らかにしたところによると、この懸念は単にアメリカ基幹産業企業の日本側への移転だけでなく、日本製鉄と中国政府との密接な絆がアメリカの安全保障への危険を生む、という認識が大きいという。

  同議会筋によると、日本製鉄と中国との密接な絆への警戒は当初、アメリカ議会下院の中国特別委員会(正式の呼称は「中国共産党とアメリカの戦略的競争に関する下院特別委員会」)から非公式に提起された。議会での日本製鉄のUSスチール買収計画への態度はこうした中国のかかわりへの心配もあって、当初から明確な反対が多数派だった。

   たとえば2023年12月には当時の連邦議会上院の最有力メンバーともみなされたJDバンス議員(後の副大統領)、マルコ・ルビオ議員(後の国務長官)、ジョッシュ・ホーリー議員(若手保守派の論客)という共和党3議員が「外国投資委員会」を主宰する当時のジャネット・イエレン財務長官あてに書簡を送り、同委員会がこの買収計画に断固として反対の意向を表明することを求めていた。
 
 こうした背景で最初に日鉄が中国政府と密接な関係にあることを主要な理由として公式に反対を明確にしたのは議会上院の銀行委員会の委員長だった民主党シェロッド・ブラウン議員(オハイオ州選出)だった。ブラウン議員はオハイオ州を代表して下院議員7期、上院議員3期を務めた民主党のベテランで、バイデン政権への影響力も大きかった。
 
 そのブラウン議員が昨年4月、バイデン大統領あての公式書簡で日鉄の買収計画への反対を改めて明確に表明し、その主要な理由として日鉄が中国共産党政権と密接な関係にあることを指摘した。日鉄は中国の国有、国営企業とのつながりを通じて中国人民解放軍にも事実上の協力をしており、その人民解放軍こそがいまのアメリカにとっての最大脅威なのだ、という主張だった。 

  ブラウン書簡は以下の諸点をあげていた。

 ▽日本製鉄は1978年以来、中国の近代鉄鋼業の誕生を全面的に指導し、援助して、以来50年近く中国の鉄鋼産業とは基本的に一体となってきた。その結果、日鉄はアメリカにとって深刻な脅威となる中国の産業政策、軍民融合、さらにはグローバルな経済覇権追求にもかかわることになる。

 ▽日本製鉄は現段階で中国内で合計9カ所の施設で全体あるいは一部の活動にかかわり、中国側の数社と提携を続けている。中国側との合弁企業としては「北京首鋼国際工程技術有限公司(BSIET)」が代表例である。BSIETの親会社は中国側の鉄鋼大手「北京首鋼社」であり、同社は米側の国防支出権限法の定義では「中国軍事企業」とされる。日鉄はその中国軍事企業とパートナーシップを保っていることとなる。

 ▽アメリカ政府は日本製鉄と中国当局との関係を徹底して調査すべきである。なぜなら中国こそがアメリカの国家安全保障にとって最大の脅威であり、危険であるからだ。その脅威である中国がアメリカの産業基盤を根底から侵食する可能性がある。その最大の脅威に日本製鉄という日本の大企業が深く関与しており、その日本企業がアメリカの主要鉄鋼企業を買収するという事態は重大である。


 以上の骨子は日本製鉄と中国当局の半世紀に及ぶ密接な絆を明らかにいまのアメリカにとっても脅威となるという認識に基づいていた。日本側でこれまで報じられてきた買収計画への米側の反対理由では表面に出てこなかった重要な要因だといえる。

(下につづく)


#この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトへの古森義久氏の寄稿の転載です。


トップ写真) 2009年11月2日 上海宝山鋼鉄管理棟
出典)Jie Zhao/Corbis via Getty Images

 




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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