無料会員募集中
.政治  投稿日:2025/1/9

日本の装甲車事業は日本製鋼所と防衛省が潰す


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・防衛省は防衛産業に多額の予算を投じているが、メーカーの事業の統廃合に無関心で効果は薄い。

・日本製鋼所の参入やAMVのラインセンス生産が、業界の再編を妨げている。

・防衛省の無責任な運営と技術的な欠如が、装甲車事業を自滅に導いている。

 

近年、防衛省は防衛産業を振興するために多額の予算を投入している。

来年度も防衛産業振興のために996億円の予算を投じる予定だ。だがその効果は期待できない。同じ分野で仕事を分け合っている弱小メーカーの乱立が日本の防衛産業の高コスト、低性能・低品質の原因だが、事業の統廃合による生産効率の向上と、売上の強化による体質改善を図ることにまったく無関心だからだ。

筆者は本サイトで、2014年にコマツの装甲車事業からの撤退を予見していた。事実2019年にコマツは装甲車事業から撤退した。(参考記事:「コマツが装甲車輌から引かざるを得ない理由 防衛装備庁、陸幕ともに認識は甘かった」、「コマツが防衛事業から撤退すべき5つの理由 取り組み姿勢が、キャタピラーとは対照的

あえて予言めいたことを言わせてもらえば、日本製鋼所は来年度から次期装輪装甲車として採用されたフィンランド、パトリア社の8輪装甲車AMVのラインセンス生産を開始するが、同社の装甲車事業参入が少ない国内市場を奪い合って日本の装甲車事業を破滅させるだろう。

2019年までは日本で自衛隊向けの装甲車両を生産していたのは、三菱重工、コマツ、そして日立だった。ご案内のようにコマツが脱落して結果として事業の統廃合になったが、日本製鋼所の参入でそれが元の木阿弥となった。しかも防衛省は売上が少なく、ほぼ壊滅状態だった日立を救うために低性能で競合の何倍も高い日立の装甲ドーザーを調達して日立の装甲車事業の延命を図った。(参考記事:陸自新型装甲ドーザーの調達は国産ありきでは | “Japan In-depth”

財務省はこのライセンス生産に反対だった。せっかく減ったメーカーがまた増えることによって防衛省が各メーカーの生産ラインを維持し、長期にわたって細々と生産を維持することで調達の高価格化と調達途中の陳腐化が起こり、研究開発費も3重になって不効率だからだ。例えば30年かかった調達期間が、5~10年になれば生産率は飛躍的に向上する。ベンダー企業の利益は増えて設備投資や人員に対する投資も可能となる。これはベンダーに限らずプライム企業でも同じだ。

しかもAMVが選定されたときに、国内のライセンス生産事業者は決まっていなかった。防衛装備庁と陸上幕僚監部はAMVの国内生産を担当する企業が決まっていないまま、国内生産のコストも維持整備体制も万全だとAMVを採用した。あまりに杜撰である。本来ならば国内生産企業が決まっていない段階で、AMVを選定から外すべきだった。

パトリア社の代理店であるNTKインターナショナル社は小規模な専門商社であり、装甲車両関連の実績もない。年に数百億円となるAMV調達を担当するのも無理があった。このためAMV採用が決まってから防衛大手の住商エアロシステムが関わり、日本製鋼所が製造を担当することが決まった。

しかも陸幕の認識は能天気だ。実に国産率98パーセントが可能だとしている。だがAMVに搭載されるスカニア社のエンジンやトランスミッション、タイア、油圧関連などのコンポーネントは輸入でこれらの国産化を実現できる数字ではない。

日本製鋼所はAMVのライセンス生産にあたってコマツの元装甲車事業の関係者と、ベンダー企業を利用する。事実上コマツのゾンビが復活することになる。最大手の三菱重工も内情は苦しい。かつて15年ほど前まで装甲車両を製造する三菱重工相模原工場では120名ほどのスペシャリストがいたが、今やその数は三分の一程度に減少し、新人が補充のため配属されることもない。日本製鋼所に参入によって思い切った設備や人員に対する投資も難しくなった。

財務省がラインセンス生産に反対したのはこのような防衛省のずさんな体制に対する不信感も背景にあった。このため2024年度予算で財務省はライセンス生産のため初度費158億円を認めたが、財務省はこの金額を輸入に使うならば執行を許可するというスタンスであった。防衛省と財務省のハイレベルの交渉が続いいた。

だが昨年に中に財務省が折れて、AMVのラインセンス生産が決定された。筆者が取材する限り、その背景には日本製鋼所に天下りした陸自OBの将官が、福岡県選出の閣僚経験者の議員(その後落選)に泣きついて、財務省に圧力をかけたからだ。

AMVのラインセンス生産が中止になっていれば、それが象徴となって防衛産業の再編にはずみがついたはずだ。だが今後もどの分野でも再編が行われず、低レートの生産が続くことになる。防衛省は防衛産業の利益率を8パーセントから海外並みの13パーセントに引き上げるが、他国のメーカーは国内外の市場で激しく戦って性能やコストに磨きを欠けているし、自社開発のリスクも負っている。何のリスクも負わずに、努力もせずに利益が上がるならば経営者は何の努力もしないだろう。

筆者が昨年パリで行われた軍事見本市、ユーロサトリであった日本製鋼所の技術関係者は国内装甲車メーカーの競合は必要だというが、そもそも3社が分け合う規模の国内市場は存在しない。その理屈でいえば日本製鋼所が火砲の生産を独占していることはおかしい、三菱重工など他社が参入すべき、ということなる。

そして装甲車の市場規模は縮小することが予想される。岸田内閣は現在の5年間の防衛力整備計画で43兆円の予算の支出を決定し、選挙では防衛費をGDP比2パーセントに増大することを公約にした。だがそれは実現しないだろう。なぜか新聞は無視するが、石破政権は先の参議院選挙で防衛費をGDP比2パーセントに増大することを公約に盛り込まなかった。岸田政権の公約を継承するならばこれを下げる必要はなかったはずだ。恐らくは現在の5ヵ年計画が終了したあとは、防衛費は良くて横ばい、あるいは下がる可能性がある。

我が国の財政赤字はGDPの2.6倍で世界最大規模である。しかも少子高齢化で社会保障費は年に3兆円ずつ膨張している。現在の国家予算で税収は70兆円ほどに過ぎず、35兆円程は国債発行で賄っているので財政赤字は増える一方だ。防衛費も含めて財源の裏付けがない支出の拡大を続ければ、円の信用を毀損して為替は大きく円安に触れるだろう。

たとえば1ドルが200円、あるいは300円になればエネルギーや食料、消費財を多く輸入にたよる我が国は極度のインフレと個人消費の縮小が起こってスタグフレーションになることが予想される。しかも人口は減少していくのでGDPの規模事態が縮小し、財政赤字の返済は年々厳しくなる。とても防衛費をGDP比2パーセントに拡大する余裕はない。

更に少子高齢化の面からも自衛隊も縮小せざるを得ない。現在の26万人体制の維持は不可能だ。いくら予算を増やしても護衛艦や装甲車に乗る隊員の確保ができない。現在ですら募集をかけても半分しか隊員を確保できない。しかもサイバーや宇宙領域、無人アセットなどで隊員が必要だ。

既存の部隊を縮小せざるをえない。ことに空海に比べて優先順位の低い陸自はなおさらだ。現在陸自の定員は約15万人、実数が134,000名だが、これは恐らくは10万人以下に削減する必要があるだろう。今ですら北海道の部隊など充足率4割代の部隊がゴロゴロしている。普通科(歩兵)や特科(砲兵)などの兵科も大幅な削減が不可避だろう。当然ながら必要な装甲車両の数も減らざるを得ない。防衛省が3社もメーカーを食わせて行くのは困難だ。

問題なのは防衛省に防衛産業新興のための見識と、開発のための知見と能力が悲しいほどの欠如していることだ。まず「悪者」になりたくないので事業の統廃合を言い出せない。木原稔前防衛大臣は会見で筆者の質問に答えて、防衛省は事業統廃合に関与しないと明言した。これは当事者責任の放棄である。輸出しないため、唯一のユーザーである防衛省が統廃合に関与しないというは無責任だ。

また、防衛装備庁や陸上自衛隊に装甲車両の運用や開発を指導する「軍事の専門家」としての見地が悲しいほどに欠落している。AMVはフランスのVBCI、ドイツのボクサー、スイスのピラーニャなどと並ぶ世界最高レベルの8輪装甲車だ。だがその最新鋭の装甲車に陸幕は音声無線機しか搭載しない。他国では途上国でもネットワーク化を行いデータのやり取りを行えるようにしている。最新鋭のラップトップを買っておいて、Wordしかインストールせず、モデムを搭載せずネットにアクセスできないようなものだ。現代の装甲車の価格の3割以上は電子装備やネットワーク関連だが、陸自と装備庁は昭和のままなのだ。

もう一つの新型装甲車プログラムである現用の軽装甲機動車の後継である「小型装甲車」も大概ずさんだ。実は「小型装甲車」では三菱重工のハウケイ(タレス・オーストラリア)と日立の推すイーグル(モワーグ)の二車種が選定されてトライアルが行われたが、両方とも採用されなかった。その事実も理由も防衛省は公表していない。もしイーグルが採用されて最もシェアが低い日立が生産するならば同社はかなりのシェアを得ただろう。それは三菱重工や日本製鋼所のシェアを食うとことになる。候補二種が不採用になったのでその心配は当面はなくなった。

だが問題は陸幕の「小型装甲車」の運用が軽装甲機動車同様に浮世離れしていることだ。軽装甲機動車は事実上陸自の主力装甲車だが、4人乗りの小型装甲車で1個分に2両が必要だ。普通はAMVのような1個分隊が登場できる大型の装甲車を使う。しかも無線も火器も搭載しておらず、下車戦闘時は運転手も下車して戦う。このため一旦下車したら装甲車から火力支援も、機動力による支援も期待できないし、下手をすると敵に装甲車を乗っ取られる。このような胡乱な運用をしているのは世界広しといども陸自だけだ。AMVですら音声無線機しか搭載していなので、「小型装甲車」は軽装甲機動車同様に無線を搭載しないか、せいぜい音声無線機を搭載するだけだ。とても苛烈な現在の戦場で生き残ることはできない。

このように防衛省、陸幕とも防衛産業の育成のビジョンも、まともに装甲車運用、開発する能力がない。そのような状態で装甲車事業に日本製鋼所が参入するならば装甲車事業は自滅への道を進むだけだ。やがて装甲車の調達は輸入に頼るほかなくなるだろう。

トップ写真:NATO多国籍戦闘グループの軍事演習でパトリアAMVに乗るスロベニアの兵士(2023年2月16日スロバキア・レスト)出典:Sean Gallup/Getty Images




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."