トランプ新政権の日本への意味とは その2「不法移民」という用語の誤り
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・バイデン政権は、トランプ大統領時代のアメリカの国境警備政策を覆した。
・バイデン政権、不法入国者の総数は実は2000万人と発表。
――トランプ政権の2017年の誕生はたぶんにオバマ政権の左傾化への反発だったというお話しでしたが、そのトランプ政権も2020年の選挙では民主党のバイデン候補に敗れましたね。アメリカ国民のトランプの保守回帰には反対だったということでしょうか。
古森義久 いや、2020年の大統領選挙はそれこそ大接戦、ごく僅差でした。そのうえにトランプ大統領に対しては民主党側から「ロシア疑惑」という根拠のない糾弾が浴びせられ、大手メディアが一貫して反トランプ・キャンペーンを打ち上げるなど、不透明な動きが多々ありました。そしてその選挙の結果、登場したバイデン政権に多くの問題があったのです。
バイデン政権はオバマ流のやり方を踏襲する傾向が強く、いわゆる左翼的な政策が復活しました。最も象徴的だったのはトランプ大統領時代のアメリカの国境警備政策を覆す方針をとって、アメリカに入国したい外国人は事実上、だれでも入れてしまうことになりました。メキシコとテキサス州の国境を流れるリオグランデ川を白昼堂々、数百人の男女が浅瀬をじゃぶじゃぶと渡って、アメリカに不法入国してくるのです。その入国を止めないという警備なしの常態となったのです。
私の住んでいる首都ワシントンでも本当に中南米系のヒスパニックと言われる人ばかりが増えています。もちろん以前から合法的に入国してきた中南米からの移民や難民は多いのですが、バイデン政権になってからその数は目にみえて増えました。この人たちを日本のメディアなどでは「不法移民」というけれど、正規の移民はみんな合法ですから、厳密には「不法入国者」なのです。
その不法入国者がニューヨークとかシカゴとかロスアンゼルスといった大都会で犯罪を起こしている。民主党びいきで、バイデン政権を露骨に支持しているニューヨーク・タイムズのような大手メディアはその種の事件をほとんど報道しませんでした。しかしニューヨーク・ポストという共和党系の新聞などは、ニューヨークのマンハッタンではベネズエラからきた少年強盗団などが頻繁に犯罪を重ねている現状を詳しく報じていました。強盗団は連日のように、地下鉄で乗客から財布やスマホを盗んでいるといった事件が起きていたのです。
――確かに不法入国者による犯罪事件は日本の主要メディアでも、ほとんど報道されなかったですね。
古森 そうですね。この種の展開の背後にはアメリカの大都市の「聖域都市」(サンクチュアリー・シティー Sanctuary City)の存在が大きな役割を果たしていました。この制度は特定の地方自治体が域内で外国からの入国者に対する合法か非合法の滞在かというような調べをしないことを宣言するシステムです。外国人への寛容な政策であり、背後にはアメリカ合衆国は外国からの移民や難民によって築かれた国なのだ、という認識があります。民主党リベラル派が先頭に立って進めた施策です。オバマ政権時代にとくに全米各地に広がりました。ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴなどがその代表格です。みな民主党が政治的に強い地域です。
――この聖域都市についても日本での報道は少ないですね。
古森 アメリカの大手メディアの報道が少ないという要因もあります。さてバイデン政権のこの重要課題への対応ですが、同政権は当初、不法入国者が正確に何人、入ってきたかを公表しませんでした。確実な人数はつかんでいるはずなのに、総数を公表しないのです。トランプ陣営から非難が高まり、一般国民の間でも苦情が高まって、バイデン政権がようやく発表した数は不法入国者総数1100万人でした。
しかしその後に大統領選挙でトランプが勝ち、不法入国者の本国への強制送還を公約として改めて強調するようになると、バイデン政権周辺からは不法入国者の総数は実は2000万人なのだ、という新統計が流されるようになりました。トランプ政権がその本国送還を実行することはもう困難だろうというメッセージをこめた「新統計」のようなのです。
バイデン政権ではこの国境警備、そして不法入国者への対処にはハリス副大統領に総責任者としての権限を与えました。しかしハリスは肝心のメキシコとの国境地帯に行こうともしない。民主党傾斜のメディアからもこの対応には批判があがりました。議会両院でも同様の声が出ました。
バイデン政権のこの対応に対して不法入国者が最大の人数、入ってきたテキサス州では共和党のグレッグ・アボット知事が不法入国者50人を選んで、バスに乗せて、ワシントンのハリス副大統領の公邸に陳情に送りこむという措置を取りました。テキサス州だけでは不法入国者の受け入れはまかないきれないから、連邦政府のより積極的な支援を求める、という訴えでした。
この副大統領公邸はワシントンの私の自宅・オフィスからも近いので実際にすぐ見にいきました。50人の男女がみなきちんとした格好で、活力にあふれているようにみえることに驚きました。この人たちはメキシコ人はほとんどおらず、中米のホンジュラス、エルサルバドル、ニクアラガ、グアテマラといった諸国からなのです。
それとベネズエラ、この国は中米でばなく、南米ですが、独裁政権の下で政情が不安定、経済も悪化ということで、アメリカへの不法入国者がとくに多いのです。
トランプはベネズエラの独裁政権が自陣営に好ましくない政治犯や凶悪犯罪者、さらには精神を病む人たちまでを意図的にアメリカに送りこんでいると言明していました。いずれにせよ、この不法入国者問題は今回の大統領選挙で最大争点の1つとなり、明らかに民主党側に不利な要素となりました。
(その3につづく。その1)
トップ写真:米国とメキシコ国境を越えたコロンビア移民(2024年9月22日カリフォルニア州ジャクンバ・ホット・スプリングス近郊)出典:John Moore/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。