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.政治  投稿日:2021/1/12

海自FFMと隊員減対策(後編)


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

・FFMは統合電気推進にすべきだった。維持費と要員を削減できた。

・低速化・統合電気推進化で浮いた費用で隊員確保や他のメリット大。

・「常識」捨て、艦隊縮小・クルー制拡大・UAV活用であり方変更を。

前回は海上自衛隊の艦艇乗組員の確保と新型フリゲイト、FFMとクルー制、FFMのコストと人員削減について考察した。今回その検証を続けよう。

海上自衛隊の護衛艦の機関も、実は人員対策の上で問題がある。FFMにはタービンとディーゼルエンジンを組み合わせたCODAG(COmbined Diesel And Gas turbine)が採用されているが、統合電気推進にすべきだった。これは導入時のコストは掛かるが、維持費と要員は削減できたはずだ。また二酸化炭素削減という面からもこれは必要だ。

FFMに限ったことではないが、海自の護衛艦は30ノット以上の最高速度が求められている。その根拠は運用上の秘密であると明らかにされていない。明らかにできないのは恐らく米原子力空母との共同作戦のためだろうが、それを明言すると憲法違反を問われる可能性あるからだろう。

またIEP(Integrated electric propulsion:統合電気推進)にするとエンジンメーカーのIHI、ギアを作っている川崎重工の仕事が減って天下り先も減ってしまうからではないか。

因みにいずも級は本来ディーゼルエンジンを発電機とする統合電機推進と二重反転方式のポッド型を採用するはずだった。これであれば最大速度30ノットでもライフ・サイクル・コスト(35年)で燃料費は340億円(35年間)安くなるはずだった。

またこの方式ならばウェーキ(推進器の後方に生じる渦と気泡の塊)が生じず、敵潜水艦から探知される距離を大きく低減できた。だがエンジンを担当するIHIや、ギアを担当する川崎重工なども仕事がなくなると海自内でも反発があり、この計画は頓挫した。

現在の水上艦艇が30ノットを出すことはほとんどない。30ノットを超えると水の抵抗も大きくなり、機関の効率が大きく下がる。FFM含めて護衛艦の最高速度を欧州の水上戦闘艦並に27~28ノットにすれば大きなメリットがある。そうすれば燃料費は3割以上下がるだろう。

かつての水上戦闘艦は集合離散や回避行動、搭載兵器の関係で高い速力が求められていた。だが、現在ではミサイルなどの長射程化、高速化、戦闘情報システムの高度化やネットワーク化などによって、個艦の攻撃防御能力が向上している。また広域に展開して事実上単艦に近い運用が増えている。

戦後、軍艦の役割は潜水艦との戦いであるが、潜水艦相手なら20ノットも出さないので、余分を見越しても最高速力は27ノット程度で十分だ。つまり高い最高速度に頼る必要性はなくなっている。

実は海自でも最高速度の低下の方向に舵を切っている。(※参考記事『護衛艦「まや」の速力切下げは正しい』

各イージス艦の基準排水量と機関を比べて見よう。

こんごう級 基準排水量7,250トン、機関LM2500×4 出力10万馬力

あたご級  基準排水量7,700トン、機関LM2500×4 出力10万馬力

これに対して最新のまや級は、基準排水量8,200トン、機関LM2500×2 出力6万9千万馬力

海自ホームページによれば以前のイージス艦の最高速度は30ノットと記載されており、まや級も「約30ノット」とされている。

だが、まや級以前の機関出力は以前のイージス艦の7割弱である。対して排水量はこんごう級より約千トン、1.13倍増えている。先の引用の著者、文谷氏だけではなく、内嶋修元自衛艦隊司令部幕僚長も、あたご級の実質的な最高速度は30ノット弱と推定している。恐らくこれは正しいだろう。事実上、これは海自の方向転換だと見ていいだろう。

▲写真 護衛艦まや 出典:海上自衛隊ホームページ

まや級は以前のイージス艦などがガスタービンエンジンを採用したのに対してCOGLAG(COmbined Gas turbine eLectric And Gas turbine:ガスタービン・エレクトリック・ガスタービン複合推進方式)を採用している。これは、巡航時は発電用のエンジンで用いたターボ・エレクトリック方式による電気推進を使用し、高速時にはガスタービンエンジンによる機械駆動も併用して推力を得る方式である。まや級は発電機として6メガワットのガスタービンエンジンと、1.8メガワットのディーゼルエンジン各二基になっている。

更にこれを統合電気推進にすればギアや長いシャフトも必要なくなる。また船体にも余裕がでるし、エンジンの場所も自由にレイアウトできる。消費燃料が減れば環境対策にもなる。スペースに余裕ができるならば搭載ミサイルも増やせるし、水陸両用部隊や特殊部隊を収容することなどもできる。実際に欧州ではそういうフネも増えている。

船体の余裕ができれば、乗組員の居住環境の改善も可能だ。また発電力が大きくなるので艦内の機器を電動化できる。油圧で動いている装置を電動化すれば整備が容易になって省力化になるし、火災に対しても強くなる。更に将来レーザー兵器などの導入に対する余力も生まれてくる。加えて燃料費も低減できる。因みに3自衛隊で一番燃料を使用しているのは海自だ。これを削減できればその分の予算を他に振り向けられるし、二酸化炭素削減にもなる。

低速化、統合電気推進化で浮いた建造費や維持費用、燃料代を隊員の航海手当に回すこともできる。そうすれば多少なりとも、リクルートも楽になる。つまり統合電気推進を導入し、30ノット以下、できれば27~28ノットにすれば隊員確保や他にも大きなメリットがある。根拠の怪しい30ノット以上の最高速度にこだわることはやめるべきだ。

これはFFMにも言えることで、28ノット程度の速度に抑えれば建造、運用コストは劇的に削減できたはずだ。

海自がどうしても30ノット以上が必要というのは先のまや級の例で挙げたように、後退している。にもかかわらず、30ノット以上が必要だと主張するのであれば、納税者にその理由を説明すべきだ。

民主国家の軍隊ならばそのような概略程度を秘密にすることはありえない。本来秘密でもなんでもないのだから。秘密にせざるをえないならば、何か探られたくない問題があると思われても仕方あるまい。このような秘密主義は寧ろかつての帝国陸海軍や中国海軍に近い。「民主主義の軍隊」としては失格だ。

このような民主国家ではありえない情報隠蔽をして多額の税金を使用するほうが、寧ろ有害といえよう。民間人が知る必要はなし、というのは「軍人」の傲慢である。前の戦争もその傲慢と秘密主義が戦争突入と敗戦につながったのは歴史の示すところだ。同盟国の米国は軍隊の情報をできるだけ納税者に公開しており、会計検査院や議会もこれを厳しくチェックしている。このような同盟国の情報開示は見習いたくないらしい。

政治による軍隊の予算と人事の掌握は文民統制の根幹であり、情報開示は更にその基盤である。それなくして文民統制はありえない。それが十分でないのが我が国の現状である。政治家も民間人も軍事に口出し無用というならば帝国海軍と同じだ。その帝国海軍は無謀な第二次大戦に突入して国民を巻き込んで無様に負けた。その反省をしているならば情報開示を徹底すべきだ。

前回も述べたが少子高齢化が進み、海自、特に艦艇乗組員はこれまで通りの人員を確保できなくなることは目に見えている。クルー制導入によって航海時間を短縮して乗員の負担を減らすことは勿論、艦隊の規模を縮小し、乗組員の総数を縮小せざるを得ないのは明白だ。

例えば充足率が7割にも満たず、医官も乗っていない艦艇を数だけ揃えてもまともな戦力にはならない。

海上自衛隊の艦隊の規模の縮小は必至だ。現大綱の護衛艦54隻、哨戒艦12隻、潜水艦22隻は砂上の楼閣にしか過ぎない。旧式艦やミサイル艇の早期退役、FFMの隻数低減、有用性に疑問がある哨戒艦はキャンセルして、フネの数を減らし、海上哨戒などの任務はUAVに肩代わりさせるべきだ。

例えば、あぶくま級型護衛艦6隻の除籍、はつゆき級型護衛艦4隻の除籍、あさぎり級型護衛艦6隻、はやぶさ級ミサイル艇6隻の除籍を数年以内に実施すれば、定員上で約2,850名、実員が80パーセントの充足率だとしても約2,280名が捻出できる。

FFMは22隻が調達予定だが、4隻減らし、現大綱で12隻導入される乗員30名程度の哨戒艦をキャンセルすれば定員で約720名、充足率8割としても約570名が減らせる。

これらを合わせれば定員で約3,600名、充足率8割で2,900名の削減が可能だ。浮いた人員を充足率向上と、クルー制の拡大にあてる。クルー制が拡充すれば艦の稼働率は上がり、艦艇数を削減してもその影響は緩和される。端的に申せば、乗員7割の10隻で稼働率の低い艦隊よりも、乗員10割で稼働率の高い5隻の艦隊の方が戦力になる。

その代わり、洋上監視などの任務はUAVで水上監視を行えばいい。海自は艦艇による哨戒はUAVに置き換えられないとしているが、UAVの方がむしろ広範囲の哨戒が可能であり、速度も艦艇よりも早い。また近年のUAVは監視だけではなく、ソノブイの搭載や魚雷、ミサイルを搭載できるものも存在する。艦艇の任務は相当カバーできるはずだ。

既に海上保安庁は本年米ジェネラルアトミックス・エアロノーティカル・システムズ社の海上哨戒用UAV、を本年我が国で試験した。例えば海保がシーガーディアンを採用するならば、これに相乗りすれば整備や教育の面でコストも大幅に削減できるだろう。

▲写真 海上保安庁が実証試験で使用したUAV「シーガーディアン」 出典:海上保安庁ホームページ

更にP-1哨戒機も一部をUAVに置き換えて、調達機数を減らし、併せて1機あたりの乗員のチームを増やすべきではないか。海自は1機あたりのクルーの数は明かせないとしているが、これまた納税者に公開して議論を行うべきだろう。

P-1は機体が高価で、機体もエンジンも専用であるために維持費も高い。そして11名の乗員が必要だ。複数のクルーで1機を導入すれば機体の稼働率が上がり、ある程度の機数を減らしても機体の稼働率は減らない。また機体を減らせば整備費が少なくてすみ、結果稼働率も上がる。

実際問題として海自ではP-1よりも整備費が少ないP-3Cですら整備費用が捻出できず、既存機から部品を外して利用する共食い整備は日常化している。より維持費が高いP-1をP-3Cの更新として大量に導入すれば整備費が不足して稼働率は大幅に下がるのは火を見るよりも明らかだ。無理して機数を確保しても共食い整備で使えないならば調達する意味がない。

これまた稼働率が5割の哨戒機100機よりも、稼働率が9割の哨戒機60機の方が役に立つのは自明の理である。機数を減らして機体の稼働率を上げ、クルーを増やし、UAVで補完すれば多くの機体を維持するより、費用対効果は高くなる。

UAVの操縦は、航空機に搭乗が可能な身体が頑健な隊員でなくても可能である。傷病で飛行や激務ができなくなった隊員や、艦艇乗組に向かない隊員、退職した隊員を再雇用してこれに当てれば人員の有効活用ができる。また通常の自衛官の基準では採用されなかった障害者などの活用も可能だ。これは公官庁の障害者の雇用拡大という面でも大きな意義がある。これらは隊員募集難に対しても有効な手段となりうるはずだ。

繰り返すが、自衛隊全体として少子高齢化によって人員の確保は年々厳しくなっている。特に海自の艦艇乗組員の確保は困難である。今までの「常識」や現状維持を自己正当化しても多数の艦隊維持に必要な人員の確保は不可能だ。そうであれば、パラダイムの転換を受け入れて、艦隊を縮小し、クルー制の拡大導入やUAVなどの活用によって海上自衛隊のあり方を根本的に変える必要がある。

(前編はこちら。全2回)

トップ写真:FFM二番艦くまのの進水式(2020年11月19日 三井E&Sホールディングス玉野工場) 出典:海上自衛隊ホームページ




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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