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.政治  投稿日:2025/2/10

日本の国会議員は文民統制を理解していない


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・日本の国会議員は文民統制を誤解しており、軍事に対する知識が不足している。

・防衛省や自衛隊は情報を隠蔽し、政治家やメディアに対して不完全な情報を提供している。

・文民統制を効果的に機能させるためには、議員に十分な軍事知識と見識を持たせることが必要である。

 

日本の国会と国会議員の多くは文民統制の意味を完全に誤解している。政治家として必要な軍事に対する見識も知識も欠如している。その軍事音痴こそが文民統制上の最大の問題だ。

 

衆院予算委員会の5日の審議で、安住淳委員長(立憲民主党)は「制服組」(現役自衛官)を国会答弁に呼ぶことを求めた国民民主党の橋本幹彦氏を厳しく注意した。

 

橋本氏は事前に政府参考人として陸上自衛隊の教育訓練研究本部長、海自の幹部学校長ら自衛隊幹部の出席を要望した。だが、制服組は戦後一度も答弁に立った例はないとして、同委理事会で認められなかったと発言した。

 

安住氏は、『今回の判断は国民民主の理事も含めて合意した内容であると強調したうえで、「シビリアンコントロール(文民統制)の重みをわきまえて国会はやってきた。行き過ぎた誹謗(ひぼう)中傷は我々として看過できない。戦後長いルールの中で重く積み上げてきたもので、防衛省の組織として責任を持って答弁をしていることを否定するようなことは許されない」と注意した』(朝日新聞2月5日

 

だが安住氏の主張は国会運営の与野党合意を遵守することと、文民統制のあり方を混同している。率直に申し上げて、どこの民主国家も軍人を議会に呼んで説明させたり、発言させている。軍隊に直接事情を聞いたり説明を受けることが文民統制上問題があるといっているのは日本の国会ぐらいだ。立憲民主党の五十嵐えり衆議院議員などは制服組を国会に呼ぶのは憲法違反の如く主張している。

 

五十嵐えり衆議院議員のX投稿

 

意地の悪い言い方をすれば、自衛隊は軍隊ではないと政府が認めているので自衛隊に文民統制は必要ないだろう。必要だというのであれば憲法解釈と矛盾していることになる。本来軍隊である自衛隊を憲法に配慮して、あたかもボーイスカウトのように扱って来たのが日本の国会だ。

 

本来文民統制とは軍隊の指揮・統制を軍人ではなく国民の付託を受けた文民たる政治家が行うことを指す。議会で証言させることはなんら文民統制に何ら違反しない。むしろ積極的に制服組を呼んで、問題点を徹底的に追求することこそ文民統制に必要だ。違うというのであれば米国もスウェーデンもスイスも文民統制が機能していないことになる。

 

我が国では長らく、文民統制とは文官たる内部部局(内局官僚、いわゆる背広組)が自衛隊を管理することだと政治家や学者、メディアが誤解してきた。このような誤解はだいぶん少なくなったが、SNSを見る限り政治家や学者には未だにこの「ファンタジー」を信じている人たちが少なくない。だが国民の負託を受けていない官僚が管理することを文民統制とは言わない。

 

自衛隊のもととなったのは警察予備隊である。これは旧軍関係者を排除して、警察組織として内務省官僚、警察が把握していた。そして長年防衛省の内局も警察官僚の支配されてきた。一般に軍隊(自衛隊)と警察は国家の二大暴力装置である。その両方を国民の負託を受けていない警察官僚が長年支配してきた。これは警察国家であり、民主国家として異常だ。だがメディアも国会もこれを異常だと感じていなかった。

 

因みに2010年、当時の民主党政権の仙谷由人官房長官は18日の参院予算委員会で、「自衛隊は暴力装置」と述べ、野党だった自民党から「左翼用語で、自衛隊を貶める」、文民統制上問題だと追求され、その後、「実力組織」と言い換えた上で、発言を撤回し、謝罪した。その後「暴力装置」という表現は使われなく「実力組織」という珍妙な造語が使用されるようになった。だが本質が変わるわけでもあるまい。本来暴力装置とは、現代の国家では国家が暴力を管理するという意味でアカデミズムでも使用されていた用語であって侮蔑用語ではない。石破総理も以前筆者との共著で暴力装置という言葉を使っていた。

 

左翼用語であるゆえにダメだというのであれば、「連帯」「人民」「反面教師」「総括」「階級闘争」「革命」「自己批判」「一点突破後全面展開」などという言葉も国会答弁で使用を禁止だ(反面教師は毛沢東の造語)。

 

このような幼稚な言葉狩りを国会で行ってきことのほうがよほど文民統制上問題である。

(参考:「暴力装置発言を再検証する。 前編」、「暴力装置発言を再検証する。 後編」)

 

 日本の国会や国会議員は軍事に関する勉強を怠っているだけではなく、防衛省や自衛隊が情報を隠蔽しても全く気にしないほど軍事音痴だ。防衛省や自衛隊は他国では軍隊が開示している情報をあたかも軍事機密であるかのように隠蔽する。他国と比べて防衛省や自衛隊の情報開示は民主国家とは言えないレベルだ。

 

 1978年ときの統幕議長だった栗栖弘臣氏が「超法規発言」で、金丸信防衛庁長官(当時)に事実上解任された。本来法律家であった栗栖氏は現在の法制では自衛隊を縛るものがあまりにも多く、このままでは戦えない、だから法律を整備して欲しいと求めただけだった。メディアも国会議員も多くが文民統制を危うくすると批判した。

 

 例えば塹壕を掘るのも地権者の許可がいり、補償が決まってからでないと塹壕が掘れなかった。とても軍事行動などできるレベルではなかった。武力攻撃事態対処関連3法、いわゆる有事法制や国民保護法の成立によってこれらが多少なりとも解消された。実に「超法規発言」から四半世紀である。国会は何をしていたのか。筆者は石破防衛庁長官(当時)とお話したおり、「まだ不十分だが、これでやっと栗栖さんに面目がたった」と仰っていたことをよく覚えている。

 

 防衛省の情報開示は民主国家としては落第レベルで、むしろ中国や北朝鮮に近い。この現実を国会議員は全く理解していない。2022年10月東京ビッグサイトにおいて開催された「危機管理産業展(RISCON TOKYO)」に中央即応連隊の輸送防護車を展示した。これはタレスオーストラリア社の製品、ブッシュマスター耐地雷装甲車である。展示された車両はフロントガラスを含めすべて窓が塞がれていた。内部は機密で公開できないということだった。だがこれは公開情報だ。筆者はブッシュマスターが自衛隊に採用される以前から何度も記事を書いており、内部の写真も公開してきた。

 

日本人は防衛の隠蔽体質の深刻さをわかってない(参考:日本人は防衛の隠蔽体質の深刻さをわかってない 適正な情報公開がなければ無駄遣いされるだけ

 

 このような公開情報すら隠蔽するのが防衛省、自衛隊という組織だ。それは国会に対しても行なわれている。日本の議員は軍事に関して無知なので防衛省や自衛隊が行う、軍事的にトンデモなレクチャーをそのまま鵜呑みにする。当然彼らは都合の悪いことは説明しない。これは記者クラブも同じだ。政治家も記者クラブも基礎的な軍事の知識がないので、防衛省や自衛隊の説明を疑うことなく信じ込んでいる。だから多くの議員は自衛隊の実力を過大に評価している。しかも情報開示が不十分だと批判もしない。制服組が国会に呼ばれて詰問などされないのでやりたい放題だ。

 

 対して米国では議会調査局やDAO(会計検査院)が多くのリサーチャーを使って軍の情報を調べて詳細なレポートを公開する。無論個々の議員もリサーチャーを抱えている。そして議会ではそれらの情報をもとに議論され、制服組も召喚されて徹底的に質問される。

 

 だから世界最強F-22も 750機の調達予定が、開発・調達・維持コストの高騰、ソ連崩壊などで最終的な装備機数は187機まで減らされた。日本の国会はこのようなドラスティックな削減は不可能だ。

 

 航空自衛隊が採用した最新型F-35戦闘機もミッション達成率や稼働率の低さ、開発、調達コストの高さ、プログラムの遅延などが、具体的な数字を挙げられて追求されている。これが納税者に対する説明責任を果たす、ということだ。ところが防衛省ではF-35の稼働率やミッション達成率は「相手に手の内を晒さない」と公開していない。「相手」というのは国会や納税者のことなのか。

 

 実は防衛省の予算は、殆ど審議はされておらず、政府案が殆どそのまま通るのが通例だ。それは与党も野党もまともな情報を持っていないし、議論する時間も殆どないからだ。そもそも日本の通常国会は会期150日に過ぎない。米国や英国では事実上1年間、議会を開いているほか、ドイツのように会期のない国もある。その上国会に出される情報が少ないのだ。現在の5年で43兆円を使う防衛5か年計画でも、2023年の通常国会の終盤、防衛省はようやく43兆円の内訳を示した一覧資料を提出した。資料はA4判のペーパー5枚だけだった。完全に政府と防衛省に舐められているが、これが問題にもならなかった。

 

 例えば防衛調達でも殆ど開発することが決定する直前に予算が要求される。他国では議会にその計画の概要や、調達期間=戦力化までの期間、総予算が説明されて議論が尽くされて予算が了承される。その後にメーカーと契約が行なわれる。ところが我が国だけその手続を踏んでいない。例えば10式戦車にしても調達計画も示されずに、開発計画が出されて殆ど審議しないまま開発が決定された。また何両が調達されるかもわからないまま、調達が開始された。政治家は10式戦車がいつまでに何両調達され、総費用がいくら掛かるのか知らない。しかも当初の10式の調達単価は10億円で防衛省は7億円まで下げる予定だと説明していたが、来年度予算では1両が約20億円で要求されている。コスト上昇に防衛省も国会も全く責任を取っていない。そもそも何両調達されるかも知らないので調達数を削減しようとも言い出せない。

 

 防衛省や自衛隊は政治家の云うことは聞かないし、平気で政治家を騙す。例えば石破茂総理が防衛庁長官だったころ、海自の次期哨戒機P-1の開発が持ち上がり、石破長官は機体は専用でコストも高く、信頼性の低い国産エンジンを4発積むP-1には反対した。だが内局と海幕が石破氏を取り囲んで、P-1の開発を決めてしまった。結果開発費、調達コスト、維持コストは極めて高いも高くなった。調達コストは米海軍のP-8の約二倍、維持費は恐らく数倍高い。そしてエンジンの信頼性の問題で稼働率は3割に過ぎない。だが防衛省の誰も責任をとっていない。力関係では大臣ですら官僚に従うしかのだ。

 

 また当時石破長官は開発中のNBC偵察車ができるまでの、つなぎとして外国製の車両の導入を提案したが防衛省と陸幕は道路法の規制で装輪装甲車は全幅2.5メートル以下と決まっており、該当車両の全幅はそれ以上だから導入できないと説明した。だが筆者が国交省に取材すると、そのような規制はあるが特例措置で導入は可能であるとのことだった。事実その後採用された16式機動戦闘車の全幅は約3メートルである。防衛省は石破氏を騙したのだ。

 中谷元防衛大臣が前回防衛大臣だったとき、筆者は陸自のファースト・エイド・キットが大変貧弱ではないかと、中谷大臣に質問した。大臣は陸自のキットは米陸軍のものと匹敵すると説明した。これは岩田幕僚長も同じコメントだった。だが、実際には米陸軍のキットは22アイテムからなり、普段から訓練も行っていた。対して陸自のキットは包帯と止血帯が各一個だけ、しかも訓練は全くしていかった。米陸軍に匹敵するというのは嘘だった。防衛省と陸幕の衛生部が大臣と幕僚長に嘘のレクチャーをしていたのだ。

 

 これは後に問題となり、筆者の勉強会のメンバーだった大野元裕参議院議員(現埼玉県知事)が動いて改善された。嘘がバレたから改善せざるを得なかったのだ(相変わらず訓練は殆どされていない)。この件は筆者が会見で質問を繰り返していなかったら、陸自のキットは米軍並ということでこの話は終わっただろう。

 

 左様に防衛省や自衛隊は政治家、そして自分たちの組織のトップすら騙すという歪んだ文化を持っている。それは政治がキチンと防衛省や自衛隊に情報開示を求め、監視し、また虚偽の説明をしたものには厳罰を持って望んでいないからだ。つまり政治家は安く見られているということだ。とても文民統制が効いているとはいない。

 

 解決案のひとつは国会に制服組の当事者を呼んで徹底的に質問することだ。そのためには政治家に、専門家に騙されないレベルの知識と見識が必要だ。筆者は過去何度も議員の国会質問に協力してきたが、現状は悲しいほどそれが欠如している。だから簡単に制服組のレクチャーに騙される。

 

 防衛省や自衛隊の体質は今も全く変わっていない。このような防衛省、自衛隊の隠蔽体質、政治に対する不服従の状態が放置されている。議員がまともに防衛関連の情報にアクセスできず、議員に軍事的な素養がないため議論もできない。これこそ文民統制の危機であるし、我が国で文民統制が機能していない原因である。国会に制服組を呼ばなければ文民統制保たれるというのは、悲劇的なほど政治家に当事者意識と能力が欠如している証左である。最大の問題は政治家にその自覚すらないことだ。

 

トップ写真:英国スナク首相が横須賀基地の海上自衛隊を訪問 2023年5月18日 神奈川県 横須賀市

出典) Stefan Rousseau – WPA Pool/Getty Images




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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