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.国際  投稿日:2021/2/2

トランプ弾劾案は既に死んだ?


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

トランプ前大統領への弾劾の訴えはすでに「死んだ」との展望、確実。

・「退任した大統領への弾劾訴追は違憲」との見方多数。

・米メディアの偏向報道に騙されるなと警告したい。

英語に「dead on arrival」という表現がある。文字通りに解釈すれば、「着いた時には死んでいた」という意味である。実際にはたとえば事故などで重傷を負った人が救急車で病院へ運ばれたものの、病院に着いた時にはすでに死亡していた状態を指すわけだ。

いまアメリカのバイデン新政権下の連邦議会で切迫した緊急課題とされるドナルド・トランプ前大統領に対する弾劾の訴えも、すでに「死んだ」という展望が確実となった。だから、「dead on arrival」と 評されるようになったのだ。

このアメリカ国政の場での現実は日本側でも明白に認識しておくことが欠かせない。なぜなら日本の主要メディア、つまり一般の新聞やテレビの報道は、なおこのトランプ氏弾劾がいかにもまだ成立する可能性があるかのように、報じているからだ。

トランプ大統領を解任しようとするこの弾劾法案は確かに1月13日には連邦議会の下院では可決された。過半数の議員が賛成すれば、可決である。そして2月8日からの週には上院で同じ法案が審議され、表決される見通しとなった。「この上院での審議の行方はまだわからない、だから弾劾成立の見通しもあるのだ」というのが日本の主要メディアの報道や評論の基調である。

だが上院でこのトランプ弾劾法案が可決される見通しはまったくなくなってしまった。否決されるという展望が確実なのだ。だから「死んだ」と評されるのである。そんな展望は実は弾劾案が下院に提出された時からわかっていた。

だがアメリカの民主党支援の大手メディア、つまりニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビなどは、いかにもこの弾劾案が成立し、トランプ大統領が解任されそうな見通しをしきりに強調してきた。日本の主要メディアもその基調に追随していた。

だがアメリカの政治の現実、とくに連邦議会での現状を少しでも理解していれば、こんな大統領弾劾案は成立しないという見通しが当初からあまりに明白だったのである。

▲写真 共和党 ランド・ポール議員 出典:Greg Nash-Pool/Getty Images

トランプ弾劾案に事実上の死亡宣言を与えたのは1月26日の上院での表決だった。下院が可決して上院に回してきた弾劾案に対して上院共和党のランド・ポール議員が「この弾劾案が憲法違反だから審議を止める」という趣旨の議事手続きに関する決議案を提出して、上院全体100議員のうち45人の賛成票を得たからだった。

ポール提案は「すでに辞任した大統領がもう一民間人なのにその一国民に対して大統領弾劾の訴追を起こすことは憲法違反だ」という趣旨だった。大統領弾劾という議会での措置はあくまで在任中の現職大統領を対象としているとする主張に基づいていた。

実はこの主張も最高裁判所の同意を得ていた。本来なら上院での大統領弾劾訴追の議事を主宰する最高裁判所のジョン・ロバーツ裁判長も「弾劾はあくまで現職の大統領への審判だからこの退任した大統領への審判は自分の職務ではない」と言明して、身を引いていたのだ。だからこのロバーツ裁判長の判断は上院でのこの弾劾違憲の扱いと似ていた。

この違憲の決議案は上院議員55人が反対、45人が賛成という結果だった。つまり共和党上院議員50人のうち45人が弾劾決議案の審議の前にこの決議案はそもそも憲法違反だという見解を明示したのだ。そのなかには共和党上院の院内総務ミッチ・マコーネル議員も含まれていた。

周知のように大統領弾劾は上院で全体の3分の2の議員、つまり合計67人の賛成票がなければ成立しない。そのためにはトランプ氏を守る側の共和党議員のうち17人が民主党側に回らねばならない。ところが共和党議員の大多数は民主党主導の弾劾案には反対、しかも違憲だとみなしての強固な反対であることが判明したのだ。

このままだと上院でトランプ氏弾劾案が実際に審議され、表決されても、反対は明らかに最小限45票となる。弾劾成立の67票からははるかに少ない、ことになるのだ。

実はこの見通しは民主党側がトランプ大統領弾劾という声をあげ、下院でのその手続きを始めた時点から明白だった。弾劾は成立しないことでアメリカの衆目は一致していたのだ。それがこの上院での投票で改めて確認されたことになる。

この弾劾はそもそも民主党側のトランプ憎しの党派的な攻撃だった。1月6日の一部トランプ支持層の議会乱入をトランプ大統領が「内乱を扇動」だとする民主党の弾劾理由にも無理があった。ちなみに前述の共和党ポール上院議員は「トランプ大統領は1月6日の支持者たちへの演説で議会への抗議は平和的に、と強調していた」と反論していた。

だがとくに日本の主要メディアはアメリカの民主党支援メディアの尻馬に乗って、トランプ大統領の弾劾案がいかにも正当であり、成立しかねないような報道や論評を続けていた。

アメリカのメディアの偏向報道に騙されるな、と再度、警告したいところである。

トップ写真:トランプ前大統領 出典:Drew Angerer/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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