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.国際  投稿日:2021/7/13

中国核戦力増強の日米への脅威


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・中国が核地下施設を大増強。地・空・海3核戦略を整備へ。

・中国は核「先制不使用」から「警報段階で攻撃」の議論開始。

・米の核優位揺らぎ、中国はより大胆な行動へ。日本にも影響大。

 

アメリカのバイデン政権が中国の核兵器の大幅な増強への警告を公式に発した。米中両国の全面的な対立のなかでの中国の核戦力の増強は重大な意味を持つが、バイデン政権は国防費の削減を始めている。中国の核の脅威の増大は当然ながら日本の安全保障にも影響を及ぼすこととなる。

アメリカ国務省のプライス報道官は7月1日の記者会見で「アメリカ政府は中国の急速な核戦力の増強に懸念を抱いており、中国政府が不安定な軍拡競争のリスクを減らすために実利的な交渉にのぞむことを期待する」と語った。

▲写真 米国務省ネッド・プライス報道官 出典:米国務省

同報道官のこの警告はアメリカの核問題研究の民間機関が最近、「中国人民解放軍の核兵器を管理するロケット軍はいま国内西部に合計119の核ミサイル保有のための地下サイトを建設しつつある」という調査報告を発表したことに対する論評だった。

同報道官はバイデン政権としてもこの中国軍の核戦力増強の動きを探知していることを認め、その動きへの警告を発したわけだった。アメリカ側では官民の専門機関が中国内部でのこの種の動きは通常、偵察用の人工衛星からの情報で察知することが多い。

この種の地下サイロは中国軍の保有する大陸間弾道核ミサイルのDF41などの地下貯蔵庫で、攻撃を受けても破壊されにくい超堅固な構造となっているという。

アメリカ側の国防総省ではこれまで中国軍のこの種の地下サイロが合計20基ほど存在すると発表してきた。中国側は明らかにこれら既存に加えての莫大な数の新サイロを大増強していることになる。

ちなみにこの種の地下サイロはアメリカは450、ロシアは130ほど保持するとされる。アメリカ国防総省の発表によると、中国軍の保有する核弾頭は250個ほどで、アメリカ、ロシアのいずれにくらべても10分の1以下とされる。

だが中国が長期に核戦力を大増強する意図を固めていることの意味は大きい。核戦力が対等に近くなれば、これまでのアメリカ側の核抑止の効果が減るからだ。

中国はこれまで核兵器はあくまで自国の最後の防御手段として「先制不使用」の原則を対外宣伝してきた。

その中国がいまや核戦力を大幅に増強し、アメリカとの戦略対決の構図を変えようとしている、とする警告は実はワシントンの他の大手研究機関からも6月に発せられていた。

「戦略国際問題研究所(CSIS)」が6月7日に公表した「2021年の中国の戦略と軍事部隊」という研究報告書による警告だった。

同報告書は中国の最近の軍事動向を伝え、そのアメリカにとっての意味を論じていた。同報告書は超党派の研究機関CSISのなかでも最重要な位置を占める軍事戦略研究部門においてアンソニー・コースマン氏が中心になって作成された。

▲写真 アンソニー・コースマン氏 出典:CSIS

同氏は1960年代以来、アメリカの歴代政権の国防総省や米軍統合本部の中枢にあってアメリカにとっての軍事脅威の調査、分析を続けてきた。その分野での大御所とされる。

今回の報告書も基礎情報はアメリカ政府の国防総省やCIA(中央情報局)からに加え、他の同盟国や民間機関のインプットを使ったという。

同報告書は「中国は建国100周年の2049年にはアメリカと対等の軍事超大国となることを意図している」という米側の基本の分析を示して、とくに中国の核戦力の増強を注視すべきだと強調していた。

同報告書は中国の核戦力の増強について以下の諸点を列記していた。

・中国は中期、長期に核戦力の近代化、多様化、規模拡大を図り、アメリカや周辺諸国への安全保障上の対抗ではその核戦力の潜在威力を国家の基本目標の達成手段により多く取りこんでいく。

・中国はこんご10年間に核戦力を大幅に近代化し、核弾頭数を現在の200数十から少なくとも2倍増にする計画を決めた。そのための地上発射台となるサイロの建造を急増し始めた。

・中国はこれまでの地上発射ミサイルのみに重点をおく核戦略を変えて、空中発射ミサイル、海上発射ミサイルの増強を進め、アメリカやロシアと同様の「3つの柱」による核戦力構造を整備するようになった。

・中国は核兵器使用に関して「先制不使用」の原則を掲げてきたが、現実には曖昧な部分があることを示唆し始めた。自国が最初に核攻撃を受けた時のみ核攻撃をするという原則も「警報段階での攻撃」という新概念に移行したようだ。

中国はこれまで核兵器はあくまで自国の最後の防御手段として「先制不使用」の原則を対外宣伝してきた。核兵器は敵国から核攻撃を受けた時のみに報復手段としてしか使わないと宣言して、敵国の核兵器使用を抑止するという原則とされてきた。

ところが中国は最近は自国が核攻撃を受けた後のみに報復の核攻撃をするという原則を自国への核攻撃の警報が発せられた時点でも攻撃に移るという「警報段階での攻撃」策の採用を論じるようになった。年来の先制不使用にも条件がつくというわけだ。

CSISの報告書が最も強調したのは中国側のこうした核戦力の規模の拡大や核戦略の内容の変更によりアメリカが年来、保持してきた中国に対する核抑止の優位が揺らぐという点だった。

核兵器はその威力のために実際に使うことより、使わないでその威力を示して相手に譲歩や自制を迫るという安全保障上の効果が大きいとされてきた。

だが中国の核戦力増強がこのまま続くとアメリカ側の抑止や威迫の効果が減って、中国の対外行動をより大胆にさせる展望が懸念されるわけだ。

こうした中国の核の脅威の増大が展望されるなかでバイデン政権は来年度予算全般のなかで国防費は事実上の削減をするという守勢をみせている。

米中両国間の核戦力バランスの変化は当然、日本にも影響を及ぼす。核兵器を持たない日本は外部からの核の威嚇や最悪の場合の攻撃に対しては同盟国のアメリカの核戦力をもって「抑止」にあてるという政策を長年、続けてきた。アメリカによる「拡大抑止」、つまり「核の傘」である。

そのアメリカの核戦力が相対的に抑止の能力を減らせば、当然、同盟国である日本の国家安全保障にも暗い影を投げるわけだ。こうした中国の核の脅威に対しては日本での反核運動の矛先が向けられることは、奇妙なことに決してないのである。

**この記事は日本戦略研究フォーラムの古森義久氏の連載コラム「内外抗論」からの転載です。

トップ写真:中国の北京で行われた軍事パレード(2015年9月3日) 出典:Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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