核抑止とはなにか 兼原元国家安全保障局次長と語る その3「日本を核で海底に沈める」?
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米国内の「核廃絶」の動きによって、米核抑止戦略に依存してきた日本は存亡の危機に直面している。
・台湾有事が起これば、高い確率で日本有事になる。
・核の傘が機能する確証がない日本政府は、アメリカに米軍基地を使わないようお願いするしかない。
古森:アメリカ国防総省は2022年3月29日、バイデン政権になって初めて「核戦略見直し(NPR)」の概要を公表しました。バイデン氏は、核攻撃の抑止と報復が核使用の「唯一の目的」だと選挙戦での公約で宣言していましたが、今回のNPRには盛り込まなかった。この点は評価できますが、どうやって核の脅威を抑止するのか、具体的方策は盛り込まれていません。
先述のように、既存の核抑止戦略は機能しなくなりつつあります。共和党やアメリカの軍事専門家の間では、核抑止戦略を根本から見直そうとする動きがありますが、バイデン政権・民主党は消極的です。
兼原:オバマ元大統領の「核なき世界」発言以降、アメリカでは「核廃絶」が一丁目一番地になっています。オバマ氏が「核の先制使用をやめようか」と言い始めたとき、私は官邸にいましたが、中国の通常兵力が巨大化を続けているのに何を言っているんだ、と思いました。それほどまでに、アメリカ国内の「核廃絶」を求める世論は強力なのです。
写真)マンハッタンで日本の原爆投下の73周年に因み核廃絶を訴える人々。2018年8月3日。
出典)Photo by Drew Angerer/Getty Images
古森:「核廃絶」の動きによって、アメリカの核抑止戦略に依存してきた日本は存亡の危機に直面しているわけです。この事実を、日本はもっと真剣に考えなければなりません。ただし核兵器を全廃しようという意見はアメリカ全体ではまだまだ少数派だといえます。
兼原:まったく同感です。日本はいま、世界でもっとも危険な核の谷間にいます。ウクライナ侵攻でわかったように、ロシアは小型核の先制使用を公言していますし、中国は米ロが中距離核戦力(INF)全廃条約によって手を縛られている間に、中距離核ミサイルの開発・配備を猛烈に進めました。さらに、北朝鮮も日本全土を射程にとらえた核ミサイルを保有しています。
くわえて、宇宙空間やサイバー空間が直接の戦闘空間へと変貌(へんぼう)したことで、核抑止体制においてもっとも重要な偵察・指揮・通信システム自体が脆弱化しつつある。さらに、極超音速ミサイルの登場によって、核発射の探知から反撃までの時間が著しく短縮されつつあります。
古森:アメリカの核抑止戦略は、ソ連の核を想定して構築されてきました。しかし、日本の国家安全保障にとって現実の脅威となるのは、既存の核抑止戦略の外からやってきた中国や北朝鮮が保有する核です。
中国は2021年7月、「日本が台湾有事に軍事介入すれば、中国は即座に日本への核攻撃に踏み切る」という戦略をまとめた動画を公開しています。中国は「核先制不使用」を謳っていますが、動画では「日本は悪い国だから例外的に核を使ってもいい」とまったく身勝手な主張をしている。北朝鮮も「日本を核で海底に沈める」と公言しています。
兼原:中国の台頭によって、世界の戦略的重心が北東アジアに移りつつあります。中国の軍事費は日本の5倍を超え、日本をターゲットにした中距離核ミサイルを2000発所有していますが、対する日本はゼロ。いまの中国軍は戦前の日本陸海軍と同じで、アジアに敵はいないと言っていいほど強く、アメリカでさえ一蹴できる相手ではありません。これほど強大な軍事勢力が日本の真横に現れたのは、歴史を振り返っても元寇、幕末、冷戦初期だけです。
これまでのように欧米中心の核抑止議論を座学で勉強している場合ではありません。冷戦期に欧米でやっていたような、具体的な紛争を想定したシナリオベースの核抑止論を、北東アジアでもやらなければならないのです。
古森:シナリオベースで考えたとき、核の恫喝をされる可能性がもっとも高いのは台湾有事です。アメリカの対外戦略専門家の間では、「次は台湾か?」という疑問が真剣に提起されるようになりました。
兼原:台湾有事が起これば、米軍は日米安保条約第六条に従って、台湾防衛のために日本の基地から出撃する可能性が高い。米軍が出撃すれば、日本は周辺事態法に基づく後方支援や集団的自衛権行使となりますので、高い確率で台湾有事は日本有事になります。
そこで習近平が「米軍に基地を使わせるな」「自衛隊が参戦すれば日本に核攻撃をする」と、核の恫喝をしてきたとしましょう。日本政府は、「アメリカの核の傘があるから大丈夫」と習近平に反論できるでしょうか。核の傘が本当に機能する確証がない日本政府は、「アメリカさん、お願いですから米軍基地を使わないでください」とアメリカにお願いするしかないでしょう。
古森:そうなれば日米同盟は終わり、中華人民共和国日本自治州が誕生します。
☆この記事は月刊雑誌『WILL』2022年6月号掲載の古森義久、兼原信克両氏の対談「核を防ぐのは核だけ」の転載です。
トップ写真)2022年に冬季オリンピックが北京で開催されることを発表する習近平国家主席。2022年2月4日。
出典)Photo by Anthony Wallace – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。