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.国際  投稿日:2025/2/1

日本製鉄のUSスチール買収への米側の反対の真の理由とは(下)人民解放軍につながる?


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視

【まとめ】

・日本製鉄が1970年代から中国に鉄鋼事業を教え、資金を提供し、上海に製鉄所を建設した経緯は周知されている。

・昨年3月の報告書では、日鉄は中国の経済や軍事の発展に寄与しており、アメリカの安全保障にとって脅威と断じていた。

・昨年7月、日鉄が「宝鋼日鉄自動車鋼板」との合弁事業解消を発表したが、現在も中国との経済関係の拡大に強い熱意。

 

日本製鉄が1970年代から中国側に鉄鋼事業のすべてを教え、資金を提供し、上海に製鉄所を建設した経緯は広く知られている。

ゼロに近い中国の鉄鋼業を日本側は日鉄が先頭に立ち、日本政府までが巨額の政府開発援助(ODA)までを投入しての援助はいまからみれば異様な観さえあった。日本が育てた中国の鉄鋼業は日本をも凌駕し、全世界の覇者ともなった。

鉄鋼の隆盛は当然、国力、軍事力の強化にも結びつき、日本側は自国への脅威となるモンスターを育てる結果となった。

この日中鉄鋼の絆は山崎豊子氏の小説「大地の子」でも美談として描かれた。その日中鉄鋼合体がいま同盟国のアメリカから批判的にみられ、日本製鉄のアメリカ進出への障害とされるという展開は歴史の皮肉といえるだろう。

ブラウン上院議員のバイデン大統領あての書簡は日本製鉄と中国政府の絆に関しては米側の民間調査機関「ホライゾン・アドバイザリー(HA)」による調査結果を引用する部分も多かった。

HAはアメリカの政府や議会から委託されることの多い調査・研究機関で中国の動向など国際的な戦略課題をその主対象として、ここ20年ほど活動してきた。

今回はアメリカ議会の委託で日本製鉄と中国当局との関係を詳しく明らかにする報告書を昨年3月に作成した。

同報告書は「構築された友好・日鉄、中国、そして産業基盤のリスク」と題され、日本製鉄と中国との鉄鋼分野での結びつきを歴史的かつ詳細に記していた。そして結論としては日本製鉄(その前身の八幡製鉄なども含めて)は中国政府、その国営の鉄鋼業界と全面的に組んで、中国の経済や軍事の発展に寄与しており、その現状はアメリカの安全保障にとっては脅威だと断じていた。そのうえで日本製鉄によるUSスチール買収は米側への脅威や危険をもたらすと結論づけていた。

このHA報告書でとくに注視されたのは、日本製鉄が中国政府の新疆ウイグル地区でのウイグル人弾圧に加担する形で同地区に支所を設け、鉄鋼関連の生産や販売を推進している、という指摘だった。この指摘はブラウン議員のバイデン大統領あての書簡にも主要部分に記載されていた。

しかし日本製鉄はこの記述に対して「当社は新疆ウイグル地区内で活動したことはなく、この指摘は事実ではない」と発表した。昨年4月の出来事だった。HA社はこの否定を受けいれる形で昨年4月以降は当

初の報告書からこのウイグル地区での日鉄の活動に関する部分は削除した。

日本製鉄はこのHA社の報告書全体についても「不正確な点が多い」と言明した。同時に自社と中国との関係については「現在ではわが社全体の活動において中国での活動はその5%ほどに過ぎない」と述べ、中国との特別の絆などを否定した。

そしてさらに日本製鉄の動きが日米両国間で注視される最中の2024年7月、大きな展開が報じられた。日本製鉄が長年の中国での合弁会社「宝鋼日鉄自動車鋼板」との合弁事業を解消すると発表したのだ。同社の中国側のパートナー「宝山鋼鉄」の親会社は世界の鉄鋼最大手「国宝武鋼鉄集団である。

この最大手は日本製鉄が長年、全面協力してきた宝山製鉄所の後身というわけである。日本製鉄はこの合併解消の理由について中国市場では日系自動車メーカーの電気自動車への対応が遅れ、自動車向け鋼板の需要が減ったことをあげていた。

しかしこの合併解消もアメリカで日鉄のUSスチール買収が難航し、その主要な理由が日鉄と中国との結びつきとされている時期の真っただ中で起きたことには、政治的な計算も推測された。中国との絆はもうないのだという米側に向けての誇示とも受け取れるわけだ。

だがいずれにしてもこの「解消」によって日本製鉄と中国との多層重層の相互依存がなくなったわけではない。なお日鉄の中国側との他の合弁企業が残っていることはブラウン議員の報告書の指摘どおりのわけだ。

さらに日本製鉄は現在も中国との経済関係の拡大にはきわめて強い熱意をみせている。中国政府がその対日政策で中日友好7団体のひとつとして重視する日中経済協議会は歴代の会長には一貫して日本製鉄のトップが就任する。そして日本側の財界代表を集め、東京の中国大使館や北京の中国政府関連機関を定期的に訪れ、経済面での日中友好の促進に努めている。アメリカ側からみれば、日鉄と中国との特殊な絆の保持として映る現状なのである。

なお当のブラウン議員は2024年11月の議会選挙でオハイオ州選出の上院議員への4選を目指したが、共和党の対抗馬に敗れた。しかし日本製鉄の買収計画への反対は同じオハイオ州選出の上下両院議員団は上院の銀行委員会の同志議員らによって引き継がれている。

以上はいま日米関係を揺さぶる日本製鉄のUSスチール買収計画に関して、日本側のメディアにはほとんど表面に出ない水面下の大きな要因なのである。

(終わり。上はこちら

*この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトへの古森義久氏の寄稿の転載です

トップ写真:USスチールクレアトンコークス工場(2024年3月20日ペンシルベニア州クレアトン)出典:Jeff Swensen/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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