コロナワクチン、追加接種早めよ
上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
「上昌広と福島県浜通り便り」
【まとめ】
・福島県相馬市では、高齢者の抗体価は3ヶ月で低下していると発表した
・米国が8ヶ月と打ち出したのは、冬の本格流行までに、重症化しやすい人の接種を終えるためである
・自治体同士で足並みを揃えずにすぐに追加接種を開始すべきである
「なぜ、コロナワクチンの追加接種を8ヶ月も待たないといけないのか。医学的に合理的な理由はない」
坪倉正治・福島県立医科大学教授は憤る。坪倉教授は、地元の自治体と協力して、福島県内で住民の抗体価の測定を続けている。
10月13日、坪倉教授と共同で調査を進めている相馬市は、コロナワクチン接種を終えた相馬市民500人から採血し、中和活性を測定した結果を発表した。中和活性は、2回目接種から30日未満で2,024 AU/mL,30~90日で753 AU/mL、90日以上で106 AU/mLと急速に低下していた(図1)。
▲図1
相馬市は、医療従事者と高齢者からワクチン接種を開始した。相馬市の医療従事者の数は限られているから、9月1日の段階で、接種終了後90日以上が経過している人の多くは高齢者だ。高齢者は8ヶ月どころか、3ヶ月の段階で抗体価が低下していることがわかる。
これは海外からの報告とも一致する。米ファイザー社は、デルタ株の場合、2回接種から4ヶ月目には感染予防効果は53%まで低下すると報告していし、米モデルナ社も、ワクチン接種後約5ヶ月で、感染予防効果が36%低下したと報告している。
政府が主張するように、2回目接種から8ヶ月以降に追加接種するなら、8ヶ月の段階までは、全員が免疫が維持されていなければならない。勿論、そんなことはない。
米国が8ヶ月と打ち出したのは、冬の本格流行までに、重症化しやすい人の接種を終えるためだ。米国と日本では状況が全く違う。
米国で接種が始まったのは昨年12月。現在、接種を終えている人(58%)の半数が打ち終えたのは4月21日だ。米国は医療従事者、高齢者や持病を有する人から接種をはじめたから、年内にはこのような人たちの接種を終えることになる。
一方、日本で接種が始まったのは2月。医療従事者から始まり、高齢者の接種が本格化するのは5月のゴールデンウィーク明けからだ。日本の高齢化率は28%だ。日本の接種率が30%に達したのは7月31日だから、このころに高齢者の接種を終えていたことになる。それから8ヶ月後に追加接種をするなら、1月から接種を開始し、終えるのは4月だ。
高齢者の免疫が低下していることは前述した通りだ。この状態で、冬の流行を迎える。参考になるのは海外の経験だ。主要先進国では、冬の感染拡大が深刻だ。本稿を執筆している11月25日現在、ドイツやイタリアでは、一日の感染者数が既に夏の流行のピークを超えている。今後、冬本番となり感染は拡大する。冬場の流行は、これまでとは桁違いになるだろう。
読売新聞は11月24日の「欧州感染拡大 規制への再転換 接種率頭打ち、独「緩和早過ぎた」」という記事を掲載したが、この解釈は不適切だ。ポイントは、ワクチンの効果の持続期間だ。接種率ではない。注目すべき存在は、イスラエルと日本だ。図2に夏以降の感染者数の推移を示す。いずれの国でも冬場に感染が拡大していないのがわかる。なぜなのか。
▲図2
イスラエルで感染が拡大しないのは、夏以降に追加接種が進んだからだ。図3は主要国の追加接種の進行状況を示す。夏場の感染拡大を受けて、イスラエルでは7月から追加接種が始まった。11月22日現在、国民の44%が追加接種を終えている。イスラエルで追加接種の効果は劇的だった。10月7日、イスラエルの研究チームは米『ニューイングランド医学誌』に、追加接種の有効性について、追加接種から12日が経過した段階で、非接種群と比べ、追加接種群の感染率は11.3分の1、重症化率は19.5分の1まで低下したと発表している。
▲図3
この結果を受けて、主要先進国は追加接種を始めた。イスラエルについで追加接種が進んでいるのは英国で、国民の23%(11月22日現在)が接種を終えている。英国での感染者の増加は、比較的緩やかだ。
実は主要国で、唯一、いまだに追加接種が始まっていないのは日本だ。日本に危機感がないのは、感染者数が低いレベルで抑え込まれているからだ。これは日本ではワクチン接種の開始が遅れたため、秋以降に現役世代が接種し、それからあまり時間が経っておらず、免疫を有している人の割合が高いからだ。つまり、日本で感染者が少ないのは、ワクチン接種の開始が遅れたのを、菅前政権が必死に追い上げたからだ。怪我の功名といっていい。日本人だけ特別と言わずとも、十分に説明がつく。
やがて、日本人の免疫も低下するだろう。工学博士である牧田寛氏は、NHKが公開している感染者数の全国統計と都道府県別統計を用い、東京都や京都府、神奈川県などの一部の自治体では10月下旬から11月上旬にかけて感染者が増加に転じていることを示している。勿論、ベースの感染者が少ないため、いますぐ問題とはならないが、早晩、コロナ感染はそれなりの規模になるはずだ。
高齢者の命を第6波から守るために必要なのは一日も早く追加接種を進めることだ。相馬市は12月から高齢者に対して接種をはじめることができるよう準備を進めてきた。このような自治体を応援することこそ、岸田政権の責務だが、そのつもりはなさそうだ。
これは「二回目の接種を行っている中で今から三回目の接種の準備にまで手が回るか心配だ(豊島区担当者、9月17日)」、「集団接種の場所も医療従事者も、今から前倒しして確保するのは難しい(保坂展人世田谷区長、11月6日)」、「月曜日の厚生労働省の専門家の分科会の議論では急に6ヶ月の話が出て、現場としては困惑し、会場の確保が厳しいと思っていた。今日の説明会の中で、国からは、これまでどおり基本は8ヶ月ということだったので、一安心した(澤田健司・豊島区ワクチン接種担当課長、11月17日)など、主に都市部の自治体からの抗議を受けてのものだろう。
私も、厚労省の朝令暮改に振り回される自治体担当者の苦労はわかる。ただ、準備が整わない自治体に合わせて、追加接種を遅らせることが、果たして正しいのだろうか。これでは国民の命を軽視した「護送船団方式」だ。国民の命より、行政の都合を優先したことになる。岸田総理はリーダーシップを発揮し、方向転換を願いたい。
トップ画像:追加接種の説明を受ける看護師(2021年11月17日) 出典:Carl Court/Getty Images