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.社会  投稿日:2022/3/22

邪悪なロシアと日本を重ねる朝日新聞 


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

 

【まとめ】

・ウクライナへの進行を行っているロシアとかつて中国に侵攻した日本の類似点。

・朝日新聞による日本「悪魔化」キャンペーン。

・過激な革命家鶴彬と政治的背景の不明なロシア国営テレビ職員の女性を根拠のない断定で重ねる。

 朝日新聞がロシアのウクライナ侵略を日本の戦争行動に重ねる悪魔化をそろそろ始めるのではないか、と思っていた。案の定、3月17日朝刊の一面コラム「天声人語」がその作業を始めた。ああ、やっぱり、と奇妙な納得を感じた次第である。

このコラムの基調は80年前の日本は現在のプーチン大統領独裁下、ウクライナで残虐な殺戮を続けるロシアと同じだとする大前提だった。つい、「なぜ日本がそんなに嫌いなのか」と

問いたくなる。

 私はこの自分の連載コラムで「朝日新聞とヒトラー」というシリーズの記事を書いてきた。朝日新聞が自分たちの嫌う相手をヒトラー扱いする実例を山のように提示してきた。アメリカのジャーナリズムではよく悪魔化=demonizationと呼ばれる不公正な言語の政治的武器化である。朝日新聞がいま目前で反発する相手を過去の邪悪な存在と同様だと断定して、本来はその過去とも邪悪ともなんの関係もない現在の相手を悪者だと断定するのだ。

 朝日新聞はこんどはプーチンのロシアの残虐な侵略行動を戦前、戦中の日本の行動と同じに扱うのである。この扱いは現在の敵を過去の悪魔に結びつけるのとは反対に、現在の悪魔を過去の敵に結びつけるのだから、変型の悪魔化だともいえる。

その典型例が前述の天声人語だったのだ。まずその文章を紹介しよう。

以下が冒頭の記述だった。

 《日中戦争下の日本に、鶴彬という川柳作家がいた。戦争のむごさを短句に刻んだ。<手と足をもいだ丸太にしてかへし>。石礫のような言葉の力が、当局から警戒されたか、治安維持法違反で捕らえられ、獄中で若き命を落とした。▼<屍のないニュース映画で勇ましい>。戦争を正当化し、美化するプロパガンダ映像への強い皮肉である。川柳雑誌に掲載された彼の句は当時、どれくらいの人の目に触れたのだろう▼》

 以上が書き出しの全文である。この部分の主題は1930年代の日本だった。いまから90年近くも前の大昔の話である。

 だがコラムの文章はその後、いきなり現在のロシアへとつながる。その部分を紹介しよう。

 《▼ロシアで多くの人が見ている夜9時のニュース番組。その機会を捉え、身を賭して訴えようと彼女は考えたのだろう。国営テレビの生放送中に掲げた紙には、短く強い言葉があった。「戦争反対。プロパガンダを信じないで。ここではあなたにウソをついている」▼テレビ局の職員である彼女は、警察に連行された。禁錮刑ではなく、罰金刑が早々と決まったのは、当局のあせりを示しているのか。あるいは重い罰がこれから待っているのか》

 以上の文章は日本の政府の政策に反対した日本人男性とロシアの政府の政策に反対したロシア人女性とをまちがいなく同列に並べていた。だから日本の当時の中国との戦争は現在のロシアのウクライナ侵略と同じだという前提を示すわけだ。

 いまどうみても邪悪としか思えないロシアのウクライナに対する無差別攻撃、そして民間の人間や施設をも組織的に殺戮し、破壊していくロシアの軍事行動は日本の往時の中国の国民党軍や共産党軍の戦闘とは相違点があまりに多い。であるのに日中戦争全体をロシアのウクライナ侵略と同一視しての記述はやはり日本の「悪魔化」である。過去の日本が現在のロシアと同じだとする根拠のない断定である。

 この「天声人語」コラムはさらに「プーチン政権のウソ」を非難してから以下のように結んでいた。

 《▼インターネットも規制を受けるが、何とかかいくぐっている人もいるらしい。ウクライナにいる家族や友人からも情報がしみ出す。<暁を抱いて闇にゐる蕾>。これも鶴彬の作品である。どうか夜明けが近からんことを。》

 「天声人語」は以上の記述で終わっていた。現在のロシアと過去の日本とを完全に融合させた結びの記述なのだ。日本の鶴彬という男性とロシアの国営テレビ職員の女性とを一体にしている。ともに自国の残虐な戦争行為に反対したことが共通項だというわけだ。

 だがこの一体化にも朝日新聞の言葉の詐術がある。鶴彬という人物を単なる川柳作家として描き、「石礫のような言葉の力が当局から警戒されたか、治安維持法違反で捕らえられ」と述べていた。ところがこの鶴彬というのは現実には激烈な反体制の共産主義者だった。当時、違法とされた共産主義組織の「日本共産青年同盟」の活動家だったのだ。

 「日本共産青年同盟」は1920年代に日本の共産主義運動の代表たちがソ連共産党の国際中枢のコミンテルンから指令を受けて、日本国内に発足させた反体制の革命団体だった。当時の日本の国体を否定したから、違法とされたわけだ。鶴彬はこの団体の活動を日本陸軍の内部にまで持ち込んだとして検挙された。

日本共産党では鶴彬をいまでも革命的な英雄として党機関紙の「しんぶん赤旗」で頻繁に大きく取り上げている。

 だから当時の日本政府としては当然、危険人物視したわけだ。そのための弾圧やその弾圧の法的根拠となった治安維持法が現代の規範からすれば、まちがっていたとしても、鶴彬という人物が朝日新聞が描くような単なる川柳作家ではなかったことは否定のしようがない。だが朝日新聞は鶴彬のそんな過激な革命活動についてはなにも触れていない。そして現在の政治的背景の不明なロシア国営テレビ職員の女性と同列に並べるのである。

 朝日新聞はそうまでして日本の戦前、戦中のあり方を悪魔であったかのように糾弾しようと努めるのだ。ロシアのウクライナでの残虐な軍事行動が続くにつれ、朝日新聞はまたきっとその行動を日本のかつての行動と同じだと断じて、日本の悪魔化キャンぺーンを続けることだろう。

トップ写真)朝日新聞紙面。1994年2月1日

出典)Sygma via Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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